鬼ヶ島から財宝を持ち帰った桃太郎を待っていたのは、毎年の確定申告でした。果たしてこの財宝はどう申告したらいいのか、鬼退治に使った「きびだんご」は経費として認められるのか――。
そんな疑問にこたえる新著『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか?』では、知らないと損をする、でも説明されてもわかりにくい。そんな税金の世界を、誰もが知ってる昔ばなしでシミュレーション。ストーリー仕立てで楽しみながら、税金の知識が身につくと早速評判になっています。
こちらの連載では、本文の中からご紹介してきます。今回は、「鶴の恩返し」の1回目です。(イラスト・佐々木一澄)
鶴の「食費」は経費になる?
【あらすじ】
ある日、男は罠(わな)にかかった鶴を助けました。
その夜、道に迷ったという娘が男の家を訪ねてきます。娘は泊めてもらったお礼にと、機織(はたお)り部屋で反物を織りました。
「決して部屋を覗(のぞ)かないでください」という条件付きで。
反物は高値で売れ、次の日も娘は機を織りつづけます。
男は娘が気になり、部屋を覗いてみると、一羽の鶴が自分の羽根を抜いて機を織っているではありませんか。
姿を見られたことに気づいた鶴は、空へ飛び立ってしまいました。
高層ビルが立ち並び、昼夜問わず多くの人びとが行き交う眠らない街·新宿。
……の片隅の片隅、少しくらいは眠るエリアにある雑居ビル。今にも止まりそうなエレベーターに乗って4階で下りると、「高橋税理士事務所」というプレートがかかったガラス戸があります。そこが私の職場です。
そうです、私が高橋です。どうぞよろしく。
事務所といえども所員は私だけ。細々と仕事を続けていたんですが、最近なんやかんや忙しくてアルバイトを雇うことにしました。友人の友人の、そのまた友人経由で紹介されてやってきたのは、大学生の小沢くんです。
高橋税理士(以下「高橋」) この事務所で税理士をやってる高橋です。今日からよろしくね
アシスタント小沢くん(以下「小沢」) はーい! よろしくお願いします!
高橋 わからないことだらけだと思うけど、なんでも聞いてもらっていいから
小沢 わかりました、先生!
高橋 ちょっと、先生だなんて照れるなぁ。そんなに偉いわけじゃないからさ……。
小沢 じゃやめます。高橋はここに来て長いの?
高橋 やっぱり先生でいいよ。
小沢 先生はこの辺りでお仕事されて長いんですか?
高橋 ちゃんと丁寧に言える子で安心しました……。そうだね、もう10年近くなるかなぁ。この辺は飲食店も多いし、小さなお店もたくさんあるでしょ? 皆さんの税金に関するお手伝いをずっとしてますね。
小沢 なるほどなるほど。……あ、なんかドアのガラスに誰か映ってますよ。
高橋 ホントだ、人影がウロウロしてる。お客さんかな……。はい? どうされました?
男 あ、あんた……税金のなんかの人かい……?
高橋 はぁ、まぁそうですが。
男 助けてくれ! とんでもねぇ悪代官に、酷(ひど)い目にあわされてるんだ! このままだと、このままだとうちの財産が……!
高橋 まぁまぁ、落ち着いて。こちらにお座りください。ちょっと待ってくださいね。
小沢 先生……! ちょっとこっちに……。なんですかこの人!? 悪代官とか言ってるし、なんか浴衣みたいなの着てるし。
高橋 昔話から飛び出てきたみたいな人だよね。そういう設定のお店でもできたのかな。
小沢 確かに忍者屋敷みたいな店はありましたけど……。
高橋 昔話の世界で飲めるお店なんじゃない? でも悪代官ってなんだろうね。そういうプレイかな(笑)。
小沢 店長のことを裏でそう呼んでるんじゃないですか(笑)。
男 なにを2人でごちゃごちゃ言ってるんだ! こっちは困ってるんだ!
高橋 はいはい、すいません。今日はどういうご用件で。
男 話すと長くなるのだが……。先日、家に女が訪ねてきてな。夜も遅かったから泊めてやったんだ。すると翌朝、「泊めてくれた恩返しに」と言って、奥の間で反物を織り始めた。反物は高値で売れたのだが、織る姿は見せてくれない。女からは「決してふすまを開けてはいけません」と言われていたのだが……。
小沢 『鶴の恩返し』の人だ……!
男 なぜ女が鶴だったと知っているんだ。こっちは腰を抜かしたんだぞ。
高橋 まー、人が鳥になったら普通ビックリしますもんね。
小沢 ……この人、全然設定からブレませんね。
高橋 なんかもう面倒だから、本当の鶴の恩返しの人として接することにしようか。
男 また何かごちゃごちゃ言ってるな。
高橋 いえいえこちらの話です。じゃあその、鶴の恩返しの方が、今回どうしてこちらに? さっき悪代官がどうとか……。
男 それだ。昨日、代官の使いの者が来て、反物で儲かった分から所得税を払えと言われてな。
小沢 所得税? その世界観なら年貢じゃないですか?
高橋 最近の昔話は残酷な結末がマイルドなものになったりして、時代とともにアップデートしているからなぁ……。税制が令和のものになってもおかしくないかもね。
小沢 そういうもんですかね。
男 それで、代官は「売上から経費を引いて税額を申告せよ」と言うんだが、俺は町で商売をしたのが初めてで、そういうのはさっぱりでな。面倒だから、「経費ってやつは無いです」って返事したんだ。そうしたら、あとから高額な税金を請求されて……。
小沢 あー、それはひどい!
男 反物を売った金は借金の返済に使っちまったし、全額払うとなったら家財まるごと売らねばなんねぇ……。あんた税金の専門家だろう? 俺を悪代官から救ってくれねぇか!
小沢 これは先生、出番なんじゃないですか!?
高橋 はぁ。
小沢 あれ? 全然やる気ないじゃないですか。やっぱり昔話の設定に乗れないんですか?
高橋 いや、その、悪代官でもなんでもないじゃないかと……。
男 なんだと!? 無茶な税金をふっかけて、私腹を肥やしてるようなやつだぞ!
小沢 そうですよ!
高橋 いやいや、むしろちゃんと経費を申告させる、いい代官じゃないですか。あなたの申告では税金が上がるのも無理はありませんよ。