仮に会社の業績が悪化して、いよいよ存続が危うくなるような事態に立ち至るとしよう。社員は、まずボーナスが減るかなくなるかするし、次には給与も引き下げられる可能性がある。そしてさらに事態が悪化すると、会社が破綻して職と収入を失うかもしれない。

 最終局面に至る各段階で生活上お金が必要になる場合があるだろうが、いずれの場合にあっても「自社株の株価が以前よりも下落していて、思っていたほどの価値がない」といった残念な事態があり得る。所得と資産とが強く連動して同じ方向に変化するのでは危険だ。

 資産運用のセオリーとして、個別の株式を分散投資なしに持つのはリスクが大きすぎて効率が悪い。複数の銘柄を持っていたとしても、保有比率が特に大きな銘柄があるというのはリスク分散の観点から好ましくない。

 社員持ち株会などを通じる自社株保有は、長期間にわたって買い続けていたり、「売りたい」と思ったときに売りにくかったりする事情があって、意外に大きな金額になっている場合がある。

山一證券の自主廃業で起きた
所得・職・資産「同時崩壊」の悲惨

 筆者は、97年に山一證券が自主廃業を発表した際に同社に勤めていたが、課長級の社員で数万株単位の山一株を持っていた社員が少なくなかった。一時は1000万円を超える価値があったはずだが、大半の社員は自らの職と同時に自社株の価値のほとんどを失った(最後は1円で買い取られたと思うが、記憶が定かではない)。

 支店のカウンターレディー(当時、そう呼んでいた)の中には、自主廃業を発表する少し前に同僚たちと、「大手4社の一角であるうちの会社がつぶれるわけがない。株価の下がっている今は買い時だ」と言い合って、自社株を買うような事例もあったという。

 自主廃業発表後のある日、ある支店長が、「支店の女性社員たちに、『こんなことになるなんて、支店長、どうして早く教えてくれなかったのですか』と問い詰められたけど、『お前ら株屋だろ。株屋が株で損して文句を言うんじゃない』としか言いようがなかった。本当は、俺も損をしているし、俺の方が泣きたかったよ」と言っていたのを、筆者は聞いたことがある。

 所得・職・資産のリスクの方向をそろえると、かくも悲惨な事例を招くことがある。コロナによるビジネス環境の急変で、かつての山一證券のような悲劇が起こらないことを祈らずにはいられない。

 従って筆者は、企業型確定拠出年金の運用対象に自社株を加えることにも反対だ。