もう一つは、感染症を媒介するリスクがある野生動物の取引が行われていることだ。これは日本にとってもひとごとではない。特に小型のサルやカワウソなど「エキゾチックペット」と呼ばれる日本には生息していない動物については、その珍しさから人気が高い。一方で、絶滅の恐れがあり、国際取引が禁止されている種も数多くある。
ただ、実際のところは人気があるため、密輸されて高値で取引されるケースもあるようだ。WWFジャパン野生生物取引監視部門「TRAFFIC」の調査によると、07年~18年の間に日本に密輸された動物は1116匹。これは日本で押収された動物の数であるため、水面下で行われている取引量はさらに多いのではないかと推測される。
密輸に関しては野生動物の種の存続に関わるのはもちろんのこと、感染症のリスクにも直接的に関わってくる。
「いろいろな動物が狭いケージに閉じ込められ、不衛生な状態で販売されていることもある。そうした(野生生物の)マーケットと日本のペット市場がつながっている状況が見えてきている」(浅川氏)
前出のIPBESのリポートによれば、野生生物の合法な国際取引市場は、過去14年間で5倍以上の規模に拡大している。一方で、違法な取引は年間70億~230億ドルという市場規模で、これは合法市場のほぼ4分の1に匹敵するという。
感染症発生リスクを抑える
「ワンヘルス」という考え方
こうした実情を踏まえ、WWFが重視しているのが、「ワンヘルス」という考え方だ。人間と動物、そして生態系の健康を一つと捉え、バランスの取れた生物多様性の保全に取り組む。新たな感染症発生リスクを減らすという意味でも、このアプローチが重要になってくるという。
ワンヘルスでは、ある特定の動物や人の健康を守るというところだけに焦点を当てても、問題の根幹は解決しないと考える。生物はさまざまに影響を及ぼし合っているからだ。だからこそ、野生動物間でどのようにウイルスがうつっているか、周りの環境はどうなっているかといった「より生態学的な視点で見ること」(浅川氏)が重要だ。
こうしたワンヘルスの取り組みにおいて、企業が果たすべき役割は大きいという。自主的に持続可能な木材や生き物などを利用したり、トレーサビリティー(追跡可能性)を示したりすることが、生き物の生息地を守ることにつながっていく。法律や政策も重要だが、制度として確立されるには時間がかかるため、事態が手遅れになる前に策を講じる必要がある。特に大規模な流通に関わる大手企業が調達や流通の手法を見直していくことは、生産地に大きなインパクトを与える。
各企業や業界レベルで、動きは生まれている。例えば、先述の野生動物の取引に関しては、16年3月に違法取引撲滅に向けた誓約をまとめた「バッキンガム宮殿宣言」が策定され、運輸業界を中心に多くの企業が賛同。日本企業では、18年に全日本空輸(ANA)や日本航空(JAL)が署名した。