ちなみに、積水化学は自社のホームページ上で、「電話を“かける”メールを“打つ”ネットを“閲覧する”写真を“撮る”画像を“編集する”絵を”描く“ゲームを”する“などなどなど、スマホでできる自由な操作を可能にしているのが積水化学グループのミクロ技術」と、自社の最先端技術の「導電性微粒子」を紹介している。タッチパネル上での指の動きがスマホに伝わり、操作が実行されるようになる最先端技術らしい。

 中国企業はこの情報に食いつき、同社の取引先とかたって元社員に接触。LinkedInを通じて接触した後は、メール等で連絡を交わし、元社員を中国企業の負担で中国へ数回招いた。この中国企業が同社の取引先ではないことは元社員の訪中後に判明したが、元社員は在籍したまま中国企業から技術指導として非常勤顧問就任を打診されていた。直接的な金銭授受は確認されていないものの、親密な関係は明白である。

 元社員は中国企業の社員と技術情報の交換を通じて知識を深め、社内評価を高める目的があったのと同時に、自身の研究の社内評価にも不満を感じていた。一方、中国企業が示した技術は自社にはなく関心は持ったものの、技術情報の交換と言いながら中国企業から提供された情報は何もなかったようだ。

 結果的に同僚が元社員の不正行為に気づき指摘、その後の社内調査で情報漏洩が発覚した。企業は元社員を懲戒解雇し警察へ告訴するに至る。元社員は容疑を認めており、警察は逮捕を見送った。中国企業の関係者は中国本土におり国内から捜査ができず、漏洩情報の使途等は不明である。現在、元社員は懲戒解雇後、別の中国大手通信機器メーカーの国内事業所に再就職している。

中途半端な対応での収束では
その後も標的になる恐れあり

 機密情報管理の最初のステップは、自身の情報資産を棚卸しし、機密情報として「最高機密」「重要機密」「社内機密」「グループ内機密」など、機密情報管理規程でレベル分けを行うことだ。次にポイントになるのが、アクセス権の管理やログの保存など組織的・技術的な安全管理措置を講じるだけでなく、社員全体に不正競争防止法違反の考え方、基本知識をしっかりと研修等を通じて認識・啓蒙させることである。さらに、社内の情報資産に関しての知財化を促進し、外部流出を抑えること、入社時のキャリアとして同一業界を短期間で渡り歩いていたり、特定の分野に専門性を有している者に対する採用に留意することなども考慮すべきポイントになろう。

 また、不正競争防止法違反が発覚した場合は、中途半端な対応で収束させると、対応の甘い企業と認識され、その後も標的となる可能性がある。可能な限り刑事事件化、民事の損害賠償請求を行って、そのような犯罪を許さない、という明確な企業メッセージを強く伝えることが重要だ。

(社会情報大学院大学教授 白井邦芳)