選手時代の姿、政界デビューしてもスポーツを支えた

 私は日本オリンピック委員会職員時代に、あなたと出会いました。

 私にとって初のオリンピック日本代表選手団本部の仕事でした。スピードスケート女子全種目にエントリーし、見事全種目の入賞を果たされました。当時、選手団本部の片隅に置かれたエアロバイクで毎晩、毎朝汗を流すあなたには、アスレティシズム(自己の身体を鍛錬し身体能力の限界に挑む姿勢)を感じました。

 その自転車で日本一を目指し、ソウルオリンピック代表になったあなたには、そばにいたものとして敬意以外の何ものもありません。

 トップアスリートでありながら、決しておごらず、周囲の支援スタッフや我々本部員にいつも感謝を示すあなたは、本部員として特に応援したい選手でした。

 政界に出られたあなたには驚きましたが、きっとスポーツのための決心であったと理解しました。同じ頃 、JOCを退職し独立した私に、あなたから間もなく「日本スポーツの振興について橋本龍太郎首相(当時)から論考を求められたので助けてほしい」との依頼があり私は心を込めて 、「日本スポーツの改革論」を書き上げ、私の思いをあなたに託しました。

 その後、私は、サラエボが「民族浄化の」中で無残な姿になっていくことに心を痛め、スポーツイベントを戦渦のサラエボで開催すべく現地に乗り込むことになりました。その際に便宜をお願いした私に支援をいただいたことを忘れることはありません。そう言えばサラエボは貴女のオリンピックデビューの場でした。