自他ともに認めるホンダのエース

 三部敏宏氏は1987年にホンダに入社。本田技術研究所でエンジン開発・研究に携わり、2012年本田技術研究所常務執行役員、2014年ホンダ本体の執行役員を兼務、2019年ホンダ常務役員兼本田技術研究所社長のキャリアで1961年生れの59歳。ホンダ9代目の社長となる。

 社長交代会見では、自らを「安定の時代よりも激動の時代に向いており、重責だがワクワクしている。プレッシャーには強い」と自らを“激動の時代”に向いた人間であると分析。

「今年に入ってすぐに八郷から『社長に』と言われ、いよいよ来たかと…。『攻めに転じるのはお前がやれ』ということで『わかりました』と即答した」と語った。

 自他ともに認めるホンダのエースだった。

 これは創業者の本田宗一郎氏以来のホンダトップの「負けん気」と「尖った個性」を引き継ぐもので、いわば「ホンダ本流回帰の新トップ登場」といえよう。

ダークホースだった八郷隆弘現社長

 もっとも、ホンダが置かれている現状を見ると、多くの経営課題が山積している。

 かつては、電機のソニーと並んで「世界のホンダ」と呼ばれるほど強力なブランド力を持ち、創業者本田宗一郎氏以来、「チャレンジングな企業、ホンダ」というイメージを誇示していた。それがいまや、すっかり影を潜めており、「元気がない企業、ホンダ」との見方が浸透してしまっているほどだ。

 八郷ホンダ体制がスタートしたのは、2015年6月。伊東前社長から八郷社長への交代内定会見があったのが、ちょうど6年前の2015年3月23日だった。

 世界6極で四輪車600万台体制へグローバル拡大戦略を進めた伊東体制から社長を引き継いだのは、ダークホースだった八郷隆弘現社長であり、「調整型のチームHONDA」という経営姿勢を強調したのを思い出す。

 結果的に八郷ホンダ体制でのこの6年間は、伊東拡大路線の修正に追われた観がある。八郷社長も今回の交代会見で「6年間は『選択と集中』に追われた。CASE・MaaSへの対応にコロナ禍、自然災害なども重なり、かじ取りの難しい6年だった。だが、本田技術研究所体制転換など仕込み・準備は揃ったので、バトンを三部新社長に引き継いで花を咲かせてもらう」と語っている。