八郷隆弘社長
八郷ホンダ体制は、この6月で6年目に入る Photo:Bloomberg / gettyimages

“本家”で「聖域」だった
本田技術研究所を解体

 ホンダは“本家”でもある本田技術研究所と、本体の本田技研工業との機能統合に踏み切った。そもそもホンダは、創業者の本田宗一郎氏が1946年に静岡県の浜松で本田技術研究所を起業したのが始まりだ。その後、本田技研工業となったが、1960年に本田技術研究所を分離し、以来ホンダの研究開発の機能は本田技術研究所が担ってきたのである。

 本田宗一郎氏は自ら「会社を私物化してはならず」と本田家の世襲を排除したことでも知られているが、ホンダの歴代トップは現在の八郷隆弘社長を除き、すべて本田技術研究所社長出身である。ホンダ(本田技研工業)にとって、本田技術研究所は子会社で研究開発部門というだけでなく、ある意味「聖域」でもあった。

 それが、先に第3四半期決算を発表して間もなく、4月1日付で事業運営体制の変更として、本田技術研究所の四輪車商品開発機能を四輪事業本部と統合することを発表した。

 ホンダは、従来の「営業(S)・生産(E)・開発(D)・購買(B)」の各領域による協調運営体制からSEDB領域を統合した一体運営体制に変更する。これにより、四輪事業全体をとらえた戦略を立案し、より精度の高い企画に基づく開発を実現するとともに、開発から生産まで一貫した効率よいオペレーションを通じてものづくりを進化させるとしている。