新型コロナの対策には
「司令塔」がなくてはならない
――菅義偉首相と(取材日)前日にお会いしたとのことですが、田原さんから見て菅首相はよくやっていると思いますか?

それはそう思う。
――「学術会議問題」や新型コロナウイルスへの対策について、政権に対する世論の不満は増しています。
だから菅首相は、状況を正確に国民に伝えるべきだと思う。下を向いて原稿を読むのではなく、権力者なんだから「政治生命を懸けて私はこれをやるんだ!」と、国民に顔を向けて訴えなければならない。説明するのではなく、訴える。そのことも菅首相に伝えた。
――菅首相は表に立つというよりも、表に立つ人を裏方としてサポートする実行力の人という印象です。
それは勝手にマスコミがそう言っているだけ。安倍前首相は世襲の政治家でしょう。彼は警戒心というものがまったくない。だから何でも大っぴらなんだよね。でも菅首相はゼロからはい上がってきているから、警戒心が人並み以上に強い。間違ったことを言えないから慎重。菅首相は「自分はすごく不器用だ」とは言っていたが、実際はその(警戒心の)違いだと思う。
――田原さんは新型コロナウイルスへの政府の対応はどのように感じていますか?
日本における新型コロナウイルスの感染者数は、欧米と比べると桁違いに少ない。日本の病院数やベッド数は世界でもトップクラスに多い。それにもかかわらず、新型コロナに感染しても入院できない「入院順番待ち」(宿泊療養などを含めた入院・療養先を調整中)の人は2000人以上いるといわれている。日本医師会会長の中川俊男さんは「すでに医療崩壊が起こっている」という。
原因の一つは、日本の病院の約70%以上が民間病院であること。大学病院や公立病院の約6~7割が新型コロナの患者を受け入れている。でも民間病院は3割未満。民間病院は新型コロナに対応できる医師が少ないといわれているが、そうではない。
血管外科の世界的な名医であり、東京慈恵会医科大学で対コロナ院長特別補佐を務める大木隆生教授によると、外科と呼吸科の医師であれば対応は可能だという。重症化さえしなければ本来は高度な治療施設を必要としない。しかし民間病院が活用されていないために、高度先進医療を担うべき大学病院や公立病院に新型コロナの患者が集中し、日本の医療全体が逼迫してしまっている。
元厚生労働相の塩崎さん(※塩崎恭久衆議院議員)は、たしかに重症患者は大学病院や公立病院での治療が必要だが、軽症になった新型コロナの患者は、民間病院へ移すべきだと言っている。でも反対する民間病院もあると。もちろん受け入れ意欲のある民間病院もあるが、新型コロナの患者を受け入れると、ほかの患者への影響が大きいからというのが理由の一つだ。日本医師会も会員の多くが民間病院のため、コロナ患者の受け入れるべきだと強くは言えない現状がある。
――政府はどのように対応すべきでしょうか?
塩崎さんは「司令塔が必要だ」と言っていたが、その通りだと思う。病院の能力や患者の症状にふさわしいところへ患者に移ってもらう、それを采配するための強力な司令塔が必要だ。
日本は今、感染対策に田村憲久厚生労働相、西村康稔経済再生相、そして河野太郎新型コロナワクチン接種推進担当相が関わっている。安倍前首相が、加藤勝信厚生労働相(当時)がいながら西村さんを新型コロナ対策の担当大臣にした時から、コロナ対策の司令塔が分散した。さらに菅首相が河野大臣をワクチン担当相に任命した。3人バラバラなんだよね。
果たしてこのような体制でいいのか。オペレーションのまずさ、「司令塔不在」を解消するためには政治が動くしかない。
政府にも国民にもこれまで
「有事」という発想がなかった
――なぜ日本は司令塔がつくれなかったのでしょうか。
「有事」という発想がなかったのだろう。有事という捉え方が、政府にも国民にもなかった。
――「有事」ですか?
昨年(2020年)4月に1回目の緊急事態宣言が出た直後、安倍首相(当時)に会って、「日本の緊急事態宣言は諸外国よりなぜこんなに遅れたのか?」と聞いた。すると安倍さんは、財政問題により野党の反対が強かったこと、そして日本では宣言を出しても法律上罰則を設けられないことを挙げていた。安倍さんは「日本国民はそこまでしなくても(罰則を設けなくても)動いていくれる」とも言った。
日本というのは第2次世界大戦後、「戦争しない国」となったが、同時に「有事を認めない国」にもなった。そのため法制上、「有事」を想定していない国として、戦後75年間やってきた。何か起ころうとも法律で人権を制限できなくした。
しかし欧米は、戦争だけではなく感染症との戦いもまた「有事」だと位置付けている。日本よりも民主化が進んでいる国も、日本よりも財政状況の悪い国も、次々と緊急事態宣言をしている。コロナ禍は明らかに有事であり、ウイルスと人類の戦いだ。だから僕は「政府に司令塔をつくれ!」と、二階俊博自民党幹事長にも菅首相にも伝えたんだ。
たしかに当時、特措法(新型インフルエンザ等対策特別措置法)を改正し、罰則を設けることに野党やメディアは大反対だったが、今回は誰も反対しなかった。それだけ危機的状況なのだ。安倍前首相の時にはできなかった、今できる最善のことを菅首相はやろうとしているはずだ。