写真:原爆ドーム
太平洋戦争の時代、日本人は何を考えていたのだろうか(写真はイメージです) Photo:PIXTA

文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。政治家、芸能人、スポーツ選手など数々の“肉声”が集まる文芸春秋が手がけた『太平洋戦争の肉声』シリーズ。肉声だからこそ、第2次世界大戦に向き合った日本人の姿が浮かび上がってきます。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛)

『太平洋戦争の肉声』は
戦争で亡くなった人々のお葬式

<かつて、文芸春秋から刊行された戦争直後のベストセラー『連合艦隊の最後』で、筆者の伊藤正徳氏(戦時中の時事新報海軍担当記者)は、こう書いています。

「連合艦隊はお葬式をだしていない。一個人の死が新聞の記事になり、本願寺や青山斎場の行列をみることを思えば、四百十隻が沈み、二万六千機が墜ち、四十万九千人が斃れた『連合艦隊の死』をお葬式なしに忘れるというのは、あまりにも健忘であり且つ不公平でもあろう」

 しかし、 昨今の歴史認識論争や慰安婦問題報道を見るにつけ、日本人は連合艦隊どころか、太平洋戦争で亡くなった人々のお葬式さえ、まだ出せていないのではないかという疑問を感じます。>

 編集現場を離れても、私は社で増刊を自分で作り続けていました。冒頭の文章は、私が手がけた『太平洋戦争の肉声』という全4巻のシリーズものの序文です。社の財産=過去のコンテンツを、再発掘して新しい視点を提供できないか――。そう考えたからです。