太平洋戦争の勝者と敗者
花見弘平とケネディの奇縁

 シリーズ『太平洋戦争の肉声』には、蘭印攻略の今村均陸軍中将や、沖縄軍の参謀だった八原博道大佐、さらにはあの辻政信大佐や張作霖爆殺事件の河本大作など悪名高い人、あるいは九大生体解剖事件の医師の手記や、東条首相の言に逆らった記事を書いて軍隊に召集された新名丈夫記者など、現在でも考えさせられる記事がたくさんあります。

 今読んでも正直な人、完全な誇大妄想を語る人とそれぞれですが、これが肉声であるところに意味があり、その肉声を覆す証言を得て行くのも「文春ジャーナリズム」の使命でしょう。シリーズ4巻+戦争の脇道に近い記事を集めた『奇聞太平洋戦争』の中には、ホッとするような記事もありました。

 昭和18年、ガダルカナル島をめぐる激戦で、米国の若き日のジョン・F・ケネディ大統領が魚雷艇に乗って活躍、コロンバンガラ島沖で日本海軍の駆逐艦天霧に衝突され、艇は沈没。大統領は無人島に辿り着いて九死に一生を得たという話は有名です。

 そのときの天霧艦長・花見弘平氏とケネディ氏は、戦後文通をしていたのです。

 花見氏いわく「広い太平洋の一隅で、私たちはほんの数メートル程へだてて、すれ違ったのである。その時、私は勝者であり、彼ケネディは敗者であった。そして、戦いはおわった。ケネディ氏は下院議員になり、私は百姓になった。私は『昨日の敵』がアメリカ大統領になる日を楽しみにしている」。

 人の運命は面白い。つくづくそう思います。