メンバーの悩みを聞かずに過去の自慢話

Bさん「実は、先々月に担当を引き継いだX社ですが、先方の担当者と信頼関係を築ける気がしなくて、相性が良くないのかもしれません」

Aさん「信頼関係なんて1ヵ月やそこらで築けるものじゃないから、焦らなくていいよ。相手が必要とする情報やデータを提供し続けていくと、きっと信頼関係の土台ができてくるよ」

Bさん「はぁ……あまり自信がないんですけど……」

Aさん「自信なんて後からついてくるよ。私も大型顧客Y社の担当になったばかりの頃は大変だったんだよ。最初は冷たくあしらわれて。それでも何とか信頼を得て、最後にはうちの会社だけに絞ってもらったんだ」

Bさん「そうだったんですか。すごいですね」

Aさん「X社なら、競合のZ社の動向が気になっているんじゃないか? Z社の動きをリサーチして提供すると喜ばれるかもしれない。すぐに成果を求めているわけじゃないから、時間をかけてやってごらん」

Bさん「……わかりました。頑張ってみます」

 1on1を終えた後、Aさんは満足していました。メンバーの課題を引き出し、自分の体験談も交えて具体的な解決策をアドバイスができたと思っていたのです。

 しかし実のところ、Bさんのモヤモヤは晴れていませんでした。Bさんの心の中には、X社の担当者にあいさつに行った際の言葉がずっと引っかかっていました。

「前任者は明るくて話もおもしろかったけど、君は真面目すぎてつまらないね」──。

 Bさんは人格を否定されたように感じました。悔しさやみじめさ、劣等感……。そんな気持ちがくすぶりながら、誰にも打ち明けられずにいたのです。

 そんな状態のBさんに、Aさんのアドバイスが響くはずはありませんでした。

 BさんはX社の担当者への恐怖心を拭うことができず、そのうちX社を避けるようになっていきました。挙げ句、数ヵ月間フォローすることなく放置し、X社は競合他社のサービスに乗り換えてしまいました。

 Aさんのチームは、年間1000万円近い売り上げを失いました。

 もし、Bさんが1on1の場で、「悔しい」「みじめ」と吐き出せていたら、少しはスッキリして気持ちを切り替えられていたかもしれません。Aさんは、もっと適切な言葉をかけられたかもしれません。場合によっては、BさんをX社の担当から外すこともできたはずです。

 Bさんの気持ちを知ろうとしなかった結果、Aさんは課題の本質に気づかずにいました。自分の仕事が気になり、Bさんと落ち着いて向き合わなかったのも要因の一つでしょう。

 Aさんのようなタイプのリーダーは、決して少なくありません。

「メンバーの課題を解決してあげたい」という思いはあるものの、相手のペースに合わせられず、相手が感情を吐露するまで待たずに、自分の伝えたいことだけを押しつけてしまうのです。傾聴ができず、相手が話し終わるのを待たずに自分の話を始めたり、相手の気持ちを聞く前にアドバイスを与えたりするなど、コミュニケーションが一方通行なのも特徴です。

 リーダー本人は「ロジカルに課題分析して適切な解決策を与えられた。上司としての役割を果たせた」と思っていても、メンバーは「自分の気持ちを理解してもらえていない」と消化不良の状態に陥ってしまうのです。

 メンバーの「感情」を無視した1on1は、メンバーのパフォーマンス改善につながらないという残念な事態があちらこちらで起きています。一体、Aさんはどうすればよかったのでしょうか。