ツイッターは今や2ちゃんねる

 前述したオープンレターの中には、呉座氏が相互フォローの仲間と一緒になって特定の相手への「攻撃」や「中傷」を楽しんできた様子が、次のように説明されている。

たとえば誰かが、性差別的な表現に対して声を上げることを「行き過ぎたフェミニズムの主張」であるかのように戯画化して批判すると、別の誰かが「〇〇さんの悪口はやめろ」とリプライすることがあります。こうしたやりとりは、当該者個人を貶めるために、「戯画化された主張を特定個人と結びつける」手法としてパターン化されています。そこには、中傷や差別的発言を、「お決まりの遊び」として仲間うちで楽しむ文化が存在していたのです。

 ネット上の、特にツイッター上ではよく見かける光景である。ツイッターはオープンなように見えて、実はさまざまなクラスタがある。特定の趣味や嗜好、あるいは思想を持つ者同士でつながっていて、そのクラスタならではの常識やルール、マナーが存在する。頻繁に使用される言葉も、クラスタによって違いがある。

 そういったマナーや、一部だけで好んで使われるスラングが、ただの娯楽に用いられているのであれば全く問題ない。

 問題なのは、一部のクラスタでは、特定の個人に対する攻撃や中傷があたかも正義であるかのように行われていることだろう。ここまで書けば、昔からネットに親しんでいる人ならわかる通り、昔の2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)で行われていたことが、ツイッターの一部では行われている。

 2ちゃんねるで、特定個人に対するアンチスレッド(アンチスレ)が立ち上がり、「アンチ」が集結すると、その個人のネット上での行動(ときにはリアルの言動も)は逐一監視・報告され、あげつらわれていく。

 一時期、アンチの多かったママタレントが、「イチゴに練乳をかけて食べただけで炎上」したようなケースでもわかる通り、アンチというのはもはや対象が何をしても憎いので、すべての言動に落ち度を見いだそうとする。「そのぐらいはいいんじゃない?」「やり過ぎでしょ」などとたしなめようとする人には、「ここはアンチスレだから擁護したい人は出てって」となる。