アマゾンを「小売の覇者」にした
二重のループ構造

 戦略の本質は「戦を略す」こと、つまり戦わずして勝つのが究極の目的だ。

 しかも1回勝ったら終わりではなく、ずっと勝ち続けるのが正しい戦略のあり方である。

 だが、戦わずしてずっと勝ち続けるなどということがはたして可能なのだろうか。

 そんなことができれば誰も苦労しない、ビジネスはそんなに甘くないと思うかもしれないが、じつは、圧倒的な競争力でライバルを寄せつけない企業ほど、勝手に勝ち続ける仕組みをつくって、日々、他社との差を広げているのだ。

 いちばんわかりやすい例がアマゾンだ。

 アマゾンでは、ユーザーが喜ぶような体験を提供することで、さらに顧客がどんどん集まってきてトラフィックが増えるようになっている。こうなると、売り手もアマゾンに出品せざるを得なくなり、結果として商品セレクションが充実して、ユーザーがさらにハッピーになる。アマゾンをつくったジェフ・ベゾスは、このループ構造の圧倒的インパクトを熟知していたのである。

 売り手がたくさん集まれば買い手を呼び、買い手がたくさん集まればさらに売り手を呼ぶ。このような「相互ネットワーク効果」は、いったん動き出すと好循環がずっと続いて、勝手に成長していく。

 これにより、売り手・買い手双方のデータ、また、それらをつなぐ取引データのすべてが勝手にたまる構造ができており、このデータを使うことでさまざまな最適化を実現することができる。これを「農作物の収穫」になぞらえて「ハーベストループ」と呼ぶ。

 このループをぐるぐる回すだけでも、当面はライバルとの競争で有利に働くはずだ。せっかくAIを導入しても、たいてい1回限りの利用にとどまり、自動でたまるデータを使ってAIの精度がどんどん上がっていくループ構造を築けていないケースがほとんどなので、1つのループを回すだけでも、それなりの威力がある。

 だが実際には、他社も同様のハーベストループを回すことができるため、これだけで勝ち続けられると断言することはできない。

 そこで、裏側にもう1つ別のループ構造を走らせるのだ。アマゾンが抜きん出ていたのは、外部から見えやすい「相互ネットワーク効果」というループの裏側で、もう1つ別のループを回し続けたことだ。

ベゾスがAmazon創業前にメモ書きした「戦わなくても勝ち続けてしまうループ」の図ジェフ・ベゾスは、Amazon創業前にはすでにこのような二重のループ図を紙ナプキンに描いていたという。

 1つめのループで持続的な「成長」が可能になれば、スケールメリット(規模の経済)が出るとともに、業務に関わるさまざまなデータが蓄積されることで、徹底的な「低コスト構造」がつくられる。それによって、アマゾンは他社には簡単には真似できない「低価格」を実現し、ユーザーの顧客体験をさらに向上させる。

 アマゾンは一見身軽なECサイトでありながら、その実態は、巨大な物流システムを抱えたリアルビジネスなので、規模が大きくなれば、それだけ商品1点あたりの物流コストが下がる「規模の経済」を享受できる。

 クラウドサービスのAWS(Amazon Web Service)が収益に貢献するようになるまで、アマゾンが利益をほとんど出さずに物流システムの改善に再投資し続けたことはよく知られている。

 アマゾンは「ダブルハーベストループ」を回し、「2つの収穫」を手に入れ続けたことによって、現在の盤石の地位を築いたのだ。

 このように書くと、それはアメリカのアマゾンだからできたことで、自分たちには無理だと感じる人がいるかもしれない。だが、このダブルハーベストループを回したことで、わずかさほど大きくもない企業に約1兆7000億円もの値がついた例があるのをご存じだろうか? 次回は、その事例を参照しながら、ダブルハーベストループの真の破壊力を見ていくことにしよう。

■執筆者紹介

堀田 創(ほった・はじめ)
──人工知能研究で博士号を取得し、最注目のAIスタートアップを立ち上げた起業家

株式会社シナモン 執行役員/フューチャリスト。1982年生まれ。学生時代より一貫して、ニューラルネットワークなどの人工知能研究に従事し、25歳で慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了(工学博士)。2005・2006年、「IPA未踏ソフトウェア創造事業」に採択。2005年よりシリウステクノロジーズに参画し、位置連動型広告配信システムAdLocalの開発を担当。在学中にネイキッドテクノロジーを創業したのち、同社をmixiに売却。さらに、AI-OCR・音声認識・自然言語処理(NLP)など、人工知能のビジネスソリューションを提供する最注目のAIスタートアップ「シナモンAI」を共同創業。現在は同社のフューチャリストとして活躍し、東南アジアの優秀なエンジニアたちをリードする立場にある。また、「イノベーターの味方であり続けること」を信条に、経営者・リーダー層向けのアドバイザリーやコーチングセッションも実施中。認知科学の知見を参照しながら、人・組織のエフィカシーを高める方法論を探究している。マレーシア在住。『ダブルハーベスト』が初の著書となる。


尾原 和啓(おばら・かずひろ)
──グーグルでAIサービスの国内立ち上げに携わった「企業戦略×AI」のプロフェッショナル

IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現KLab)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、グーグルなどに従事。経済産業省対外通商政策委員、産業技術総合研究所人工知能研究センターアドバイザーなどを歴任。単著に『ネットビジネス進化論』『ITビジネスの原理』『どこでも誰とでも働ける』、共著に『アフターデジタル』などがある。