AIの精度が上がれば
コミュニケーションミスも減らせる

 モービルアイがすごいのは、さらにそこに別のループを回していることだ。

 自動車事故の7割はコミュニケーションミスで発生する。たとえば、隣りの車線に割り込もうとする際、「斜め後ろを走っている車はきっとブレーキを踏んでくれるだろう」と思っていると、そのまま直進してきて衝突してしまう。あるいは逆に、自分の斜め前の車がこちらに割り込んでくるのが見えたので、あわててブレーキを踏んだら、後ろから追突されたりする。

 自動運転で車線変更するときも、周囲の車に「これからこっちに割り込むぞ」というシグナルを送って、相手がそのシグナルを受け取ったことを確認してから割り込むようにしないと、危なくて車線変更できない。

 モービルアイには、こちらの車がどういう挙動をとったときに、相手がどういうシグナルを受け取ったかというデータがたまるので、それを使ってシミュレーションの精度を高めることができる。シミュレーション上で、いかにも人間が運転しているかのような車を何台も走らせ、そこで自動運転車がきちんと割り込めるかを検証する。

 自動運転車が早めに割り込みをかけると、相手がどんなタイミングでブレーキを踏んだのかというデータもたまるし、相手のどの挙動に注目すれば、こちらの運転がスムーズにいくのかも抽出できる。それによって、人とAIのコミュニケーションミスを減らす、もう1つのループを回すことができるのだ。つまり、先ほどの図には出てこない3つめのハーベストループの存在すらも示唆されるのだ。

 ここではわかりやすさのためにある程度の簡略化をしているが、同社はこれ以外にもさまざまなデータを蓄積している。こうしてモービルアイは、何重ものループを連ねることで、強靭なビジネス構造をつくり上げているのだ。

 1つの精度が上がれば、別のデータが取れるようになる。そのデータをもとにさらにAIの精度を上げていくことで、他社が簡単には追いつけない強力かつ持続的な競争優位性を獲得することができる。これこそが複数のハーベストループを築く本来の狙いである。

 このように完成されたループを見せられると、「うちの会社ではこんな戦略を築くことはできない」と感じる方もいるだろう。しかし、じつのところ、どんな企業にも必ず「複数のハーベストループ」をつくるための材料は存在している。それを発見し、戦略へと落とし込んでいくための具体的なステップについては、また別の機会にお伝えすることにしよう。

■執筆者紹介

堀田 創(ほった・はじめ)
──人工知能研究で博士号を取得し、最注目のAIスタートアップを立ち上げた起業家

株式会社シナモン 執行役員/フューチャリスト。1982年生まれ。学生時代より一貫して、ニューラルネットワークなどの人工知能研究に従事し、25歳で慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了(工学博士)。2005・2006年、「IPA未踏ソフトウェア創造事業」に採択。2005年よりシリウステクノロジーズに参画し、位置連動型広告配信システムAdLocalの開発を担当。在学中にネイキッドテクノロジーを創業したのち、同社をmixiに売却。さらに、AI-OCR・音声認識・自然言語処理(NLP)など、人工知能のビジネスソリューションを提供する最注目のAIスタートアップ「シナモンAI」を共同創業。現在は同社のフューチャリストとして活躍し、東南アジアの優秀なエンジニアたちをリードする立場にある。また、「イノベーターの味方であり続けること」を信条に、経営者・リーダー層向けのアドバイザリーやコーチングセッションも実施中。認知科学の知見を参照しながら、人・組織のエフィカシーを高める方法論を探究している。マレーシア在住。『ダブルハーベスト』が初の著書となる。


尾原 和啓(おばら・かずひろ)
──グーグルでAIサービスの国内立ち上げに携わった「企業戦略×AI」のプロフェッショナル

IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現KLab)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、グーグルなどに従事。経済産業省対外通商政策委員、産業技術総合研究所人工知能研究センターアドバイザーなどを歴任。単著に『ネットビジネス進化論』『ITビジネスの原理』『どこでも誰とでも働ける』、共著に『アフターデジタル』などがある。