高い知能や絶世の美貌を持つ赤ちゃん?

 じきに、遺伝子編集した細胞に基づく、新たな治療が出てくるだろう。研究者はすでに、たとえば、HIVなどの特定の感染症に耐性がある細胞を作ったり、それを利用してがんを攻撃したりしている。

 しかし当面は、初期の人間の胚細胞のDNAを編集しようとする試みは無謀だ。生まれてくる赤ちゃんだけでなく、その子孫の細胞の遺伝子も変化させてしまうからだ。目下のところ、遺伝子に基づく治療には、意図せず遺伝子を変えてしまう危険がある。

 お目当ての遺伝子だけを編集したつもりでも、その遺伝子変異によって、予測が難しく、潜在的な危険をはらんだ、副次的影響が引き起こされるかもしれない。

 われわれはまだ、絶対的な自信を持つほどには、自分たちのゲノムについて理解していない。この手段が安全だと見なされ、ハンチントン病や嚢胞性線維症のような、特定の遺伝的疾患の家系の人たちを病から解放する日がおとずれるかもしれない。

 しかし、高い知能指数や、絶世の美貌や、高い運動能力を持つ赤ちゃんを作り出すためなど、皮相的な目的でゲノム編集を利用したいとなれば、話はまったく別だ。生物学を人間の生命に適用する場合の、今日の倫理的な問題の中で、最も議論の余地がある領域だと思う。今のところ、ゲノムを編集してデザイナーベビーを作るという話は、絵空事にすぎない。

(本原稿は、ポール・ナース著『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)

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