4000億円を動かすカリスマファンドマネージャーである農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)の最高投資責任者(CIO)・奥野一成氏が出版した『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』が話題になっている。
単なる子ども向けに投資の指南をした本かと思いきや、投資の本質やビジネスパーソンの生き方にまで迫る内容で、「大人こそ絶対に読むべき」という評判が立っているのだ。
日本屈指のビジネス書評家である「ビジネスブックマラソン」編集長・土井英司氏が、奥野氏の真意に迫るスペシャル対談、全3回。(構成/亀井史夫・ダイヤモンド社)
「お金はありがとうの対価である」と伝えたかった
土井英司(以下、土井) まずうかがいたいのは、今回の本は高校生向けじゃないですか。なんでこういう企画になったのでしょうか。
奥野一成(以下、奥野) われわれは2007年から株式への長期投資というのをずっとやってきています。長期投資ってすごく面白いんですよ。ビジネスを理解することや、経営者のマインドセットを持つことの役にも立つ。ビジネスマンとしてすごく意味がある。自分自身が経営者と話す中で、こういうことをもっといろんな人に知ってもらいたいと思ったんです。特に若い人がそういったマインドセットに触れる機会みたいなのをつくりたいと思って、2014年から京大で講義をやらせてもらっています。いわゆる金融教育というか、事業教育ですね。僕が行ってしゃべるだけじゃなくて、例えば日本電産の永守重信さんに来てもらったり、いろんな経営者に来てもらって、経営哲学・戦略だけでなく、自分の人生はどうなのか、経営人生はどうなのかなどを話してもらうと、やっぱり大学生の心に刺さるんですね。だから、こういうことって本当は高校生のうちからやっておいた方が良いなと思ったのが、本書の生まれたきっかけです。
土井 あー、そうですか。
奥野 でもというか、だから実は『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』を読んでも、こんなトレーディングすりゃいいよとか、こういう儲け話があるよみたいなことは一切書かれていないんですけど(笑)。
土井 なるほど。でも、これだけはお金で知っておかなきゃいけない重要なことが、この本には書かれています。これは子どもたちに伝えておかなきゃみたいなことは、どういうふうに考えていかれたんですか。
奥野 やっぱり一番伝えたいのは、「お金はありがとうの対価」なんだということ。こういう平易な言い方をしないと、おそらくお金ってあればあるほどいいよね、みたいな捉え方にしかならないと思います。そうじゃなくて、自分が人に対して価値を提供できれば、結果としてお金持ちになれるんだということ。お金というものをポジティブに捉えてほしいですね。
土井 人に感謝されるとか、人に何か価値を提供するということを習慣づけられている子どもって、大人になってもお金を稼ぐでしょうね。そのためには、小さいときにどういうことをしといたらいいんでしょうか。家庭の教育で悩んでいるお父さん、お母さんは、多いと思うんですけど。
奥野 やっぱり一番重要なのは、お父さん、お母さんの仕事に対する取組み方だと思うんですね。お父さんお母さんが嫌々仕事をしていたら、お金って苦しいことの結果みたいな、ネガティブなものに思えてしまう。でも、お父さんお母さんが、社会のためになるんだと、自分の意思で働いているんだという姿を見せることができるだけで、子どもはその背中を見て学んでいくと思いますね。
土井 なるほどね。僕の父親は水道工事業とかガス工事業をやっていました。あるとき学校でお父さんにインタビューしてきなさいみたいな課題が出て。多分父は仕事を嫌々やっているだろうなと思って、「仕事楽しいですか」とか「何がやりがいですか」とか聞いたら、意外な答えが返ってきた。僕、出身が秋田なんで、秋田ってやっぱり冬は水道とか凍るんですよね。そうすると、父は水が使えなくなって困っている人を助けに行く。「直ったときの笑顔がうれしくてやっている」っていう話を聞いて、仕事にポジティブになれたのはすごい良かったなと思っています。なんか変に日本人って謙遜して、自分の仕事が楽しいとか有意義だとか言わないじゃないですか。あれ、僕、すごい良くないと思います。
奥野 ええ、おっしゃる通りです。素敵な原体験ですね。
土井 社会人になる前に、こういうことを勉強しておくと良いとか、こういう本を読んでおいて良かったみたいなことはありますか。
奥野 子どもの頃に読んだのは、中国の兵法書『孫子』ですね。僕はちょっと性格が偏っているのかもしれない。負けず嫌いなんですよ。それで、どうやったら勝てるのかっていうことについていつも考えていました。
土井 あー、そうなんですか。それいつぐらいですか。
奥野 中学のときですね、図書館なんかで読んでいました。いわゆる「孫呉の兵法」とよばれる『孫子』『呉氏』だけでなく『三国志』なども読みました。日本の戦国時代の武将の武勇伝なんかもリンクしてて面白いですよね。
土井 なるほどな。
奥野 これはこういう戦術だったんだとか、考える。もともと社会人になるときにコンサルタントになりたかったんですが、そういうところに起源があるのかもしれない。戦略を考えて、先の見通しを立てるということに興味があったんです。
土井 あー、じゃあ、もう軍師みたいな感じですね。
奥野 ええ、そうなんです。
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実戦する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は約4000億円。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(ダイヤモンド社)など。