せっかく設定したパーパスが
機能しないのはなぜか

堀田 AIの側から見ると、パーパスをKPI化するとうまくいくという実感がある一方で、どうしてもワークしないパーパスというものがある気がしています。経営的な観点からすると、どんなパーパスだと好感がもてるのか、ワークするパーパスとワークしにくいパーパスの違いがあるとしたら、それは何ですか?

入山 まず大前提として、パーパスをもっている人がそれを信じているかどうかが決定的に重要です。自分を偽ったパーパスを言う人はダメで、心の底から共感して、自分は一生かけてこれをやり遂げるんだ、という信念をもっているかどうか。

 そのうえで、いくつかポイントがあって、1つは「動詞」を使いましょうと僕は言っています。これはレトリックの問題で、パーパス(なぜそれをやるのか、存在意義)やビジョン(将来あるべき姿)、ミッション(果たすべき使命)というのは、結局何をやりたいかという「動詞」で表せるはずなんです。たとえば、フェイスブックの最初のミッションは「making the world more open and connected(よりオープンでつながった世界をつくる)」でした。もっと極端なのはイーロン・マスクで、彼は地球を救いたい、だから火星に行くんだという話です。「つなげる」も「世界をつくる」も動詞です。動詞で表現するから、動きにつながるわけです。

 もう1つは、これもレトリックの話なんですけど、パーパスやビジョン、ミッション、バリュー(価値観、行動指針)には、イメージがわく言葉を使ったほうがいいということです。つまり、「頑張れ」というより「汗をかけ」のように、その情景が浮かぶような言葉がいい。パーパスもビジョンも、それを実現したら、こういう世界ができるという情景が浮かべば、共感しやすくなります。

 うちのビジネススクールのゼミでは、社会人学生と一緒に海外のトップの経営学の論文を読んでいるのですが、その中に、いいビジョンやバリューの条件について研究した論文がありました。統計解析すると、そういう結果になるわけです。

堀田 おもしろいですね。たとえばグラブでは、出資しているソフトバンク・ビジョン・ファンドの入れ知恵もあるかもしれませんが、グラブが目指すエコシステムの未来像を動画で配信していて、それをミッションにしています。

ショートムービーでビジョンを共有して
仲間に引き入れる

入山 僕も動画は超おすすめだと思います。いま、ショートムービーはすごく簡単に、安くつくれるので、それであるべき世界を具現化して見せて、それに共感する人と一緒にやっていくのが決定的に重要です。

 たとえば、コマツは、モノづくりをやりながらAIやデジタルを入れてグローバルで成功している数少ないケースの1つです。世界の建機のあるべき姿を更新しているコマツのスマートコンストラクションをつくったのは、四家千佳史さんという執行役員の方で、当時の社長に「このままだとやばいから新しいものをつくれ」と言われた四家さんは、散々悩んだ末に1つのポンチ絵を描きます。それまでコマツがやっていたのは、いくつかあるバリューチェーンの一部だけだったけど、それを一気通貫でやればいいということに気づいた四家さんは、さっそくその図をもって社長のところへ行き、「コマツがやりたいのはこれじゃないですか」と直訴して「それだ!」ということでGOサインが出たそうです。

 そこで四家さんがまずやったのは、スマートコントラクションという名前をつけること。この世にないものを生み出すイノベーションには名前がないので、新しく名前をつけなければいけません。次にやったのは、動画づくりです。スマコンができたらこんな世界が実現するというのを、目に見える形でまとめたわけです。動画がないと、社内で啓蒙しづらいということがわかっていたんですね。それを十数年前につくられて、いまだにその動画の内容がぶれていないそうです。

 これなどはまさに、暗黙知を形式知に変換してナレッジを共有するという野中郁次郎先生の理論そのものです。

堀田 めちゃくちゃ示唆深いですね。とくに大きな企業を動かすために、社長が1人ひとりに語りかけていかなければならないというときに、動画があれば、ドミノ倒しのように一気に腹落ちさせることができそうです。逆に言うと、動画にできないようなパーパスは、うまく機能しないということでもありそうです。

入山 そうですね。結局そういう世界をつくりたいわけですから。

堀田 ベンチャーの場合、そもそも起業の目的が新しい未来をつくりたいということだったりするので、パーパスというのはわかりやすいんです。ところが、大企業の場合は、創業から何十年も経つうちに、どうしても当初のビジョンが変わったり、色あせたりしてしまう。そこで、新たに設定し直さなければいけないわけで、その変革者になるのが難しそうだという印象です。

入山 逆に、グローバルで通用している企業は、そういう見直しを絶えずやっているというのが僕の理解です。経営者の最大の役割がそれなので。たとえば、デュポンには100年委員会的なものがあって、経営陣が定期的に集まり、一流の専門家を呼んで、100年先の未来を死ぬ気で考えています。未来がこうなるんだったら、デュポンの存在意義(パーパス)はこうだし、パーパスを具現化すれば、20年先には事業としてこんなことをやっていなければならないという共通認識をつくっていく。似たようなことはユニリーバもシーメンスもやっています。

 ベンチャーもよくやっているじゃないですか。生きのいいベンチャーは、3ヵ月に1回、4ヵ月に1回のペースで合宿をやっています。半日とか1日集まって、根を詰めて話し合う。そういうのがすごく重要です。ところが、それをやらないのが日本の大企業なんです。だから僕はよく合宿しろと言っています。僕も行くから合宿しようと。

パーパスやビジョンを「絵に描いた餅」にしない方法【ゲスト:入山章栄さん】堀田創(ほった・はじめ)
株式会社シナモン 執行役員/フューチャリスト
1982年生まれ。学生時代より一貫して、ニューラルネットワークなどの人工知能研究に従事し、25歳で慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了(工学博士)。2005・2006年、「IPA未踏ソフトウェア創造事業」に採択。2005年よりシリウステクノロジーズに参画し、位置連動型広告配信システムAdLocalの開発を担当。在学中にネイキッドテクノロジーを創業したのち、同社をmixiに売却。さらに、AI-OCR・音声認識・自然言語処理(NLP)など、人工知能のビジネスソリューションを提供する最注目のAIスタートアップ「シナモンAI」を共同創業。現在は同社のフューチャリストとして活躍し、東南アジアの優秀なエンジニアたちをリードする立場にある。また、「イノベーターの味方であり続けること」を信条に、経営者・リーダー層向けのアドバイザリーやコーチングセッションも実施中。認知科学の知見を参照しながら、人・組織のエフィカシーを高める方法論を探究している。マレーシア在住。『ダブルハーベスト』が初の著書となる。