エディー・ジョーンズが日本ラグビーに教えたこと

――エディーさんが日本ラグビーにもたらしたものは、何だったのでしょうか

 もちろん一番は勝ったことです。日本の選手の可能性というものを把握して、勝った。ハードワークをいとわない。チームに忠誠心を覚えると、特別な力を発揮する。みんなが思っているより、ずっと戦えるんだと知っていたんですね。

 東海大の試合で僕が感じたのと一緒で、ジャパンも最初は蹴らない試合をして、「外国人選手を少数しか入れない」とも言ってました。でもそれで勝てないとわかったら、すぐに撤回する。僕の知り合いが恐る恐る「結局、外国人を使いますね」って聞いたことがあったんですが、「あっ、そんなこと言ったっけ」と返したらしいです(笑)。

 それができるから、強い。日本の選手の可能性を理解して、勝つ方法を実践した。つまりハードワークを、世界一厳しい練習を遂行した。それまでだれもできていなかったことをやった。なぜできなかったかというと、選手から反発されたり、いくら何でも厳しすぎだろうというスタッフの声が聞こえてきたり、そういう雑音が入ってくると普通はちょっと遠慮する。だけど、彼にはそういうところがまったくない。

 ジャパンのキャンプでも実際、すごく雰囲気が悪かった時期があったんです。厳しすぎて、もうこのままじゃ続かない、と。でもワールドカップの開幕前にエディー・ジョーンズの退任が発表されて雰囲気が変わったんです。選手たちは、「このつらい日々にも終わりがある」と光を見たと思います。こういうことはチームにはよくあるんです。あまりに苦しくて、戦ったあとにまたそれが4年間続くのかと気持ちが折れかかっていたところに終わりが見えたことで、反動でバーンっと天井まで力が突き抜けることが。南アフリカ戦はそういう状態だったんだと思います。

6月の強化試合から日本代表の活動が再スタート

――日本代表は今月からいよいよ再始動します。注目している選手はいますか?

 サントリーの齋藤(直人)は、いいですね。強さがある。小柄でも強い。往年のスクラムハーフの宿澤や堀越(正巳)も強かったです。力が強いっていう意味じゃないんですけど、エネルギーがある。うまい人は世の中にたくさんいるんですが結局、南アフリカ戦の残り何分のような修羅場では、強い人間じゃないと勝てない。

 サントリーの小澤直輝も力を発揮してほしいですね。いまや貴重な社員選手。本当にたたき上げというか、年齢を重ねて輝いていますね。トップリーグで体を張って、ひたすら地味な仕事をやり続けて、ここに入りましたね。あまりにがんばるから入れようという枠だと思います。

 松橋(周平)もいいですね。背の高くない人がフランカーで入るのは、日本ラグビーのロマンの一枠。負傷の江見(翔太)に替わって呼ばれた高橋(汰地)は、力強くて伸び盛り。化けるかもしれません。前田土芽も筑波大学のときは不動のレギュラーではなかったけど、彼らはトップリーグの目の前の戦いで輝きを増している選手たちですね。

――来年から新体制に移行するトップリーグはどうなっていくと思いますか?

 当初の日本協会の清宮克幸副会長の構想は、オーストラリアを呑み込もうというくらいの壮大なプランだったんですが、急進的だと退けられ、コロナ禍もあって、どこまでプロ的になるのか全貌がまだ見えないですね。協会の統制を離れて独立していくっていうのは本来あるべき姿。地域性をどれぐらい実現できるか。

 社員の人たちが親睦で応援する企業スポーツの部分をなくすわけでもなく、プロ的なクラブとして地域に密着して新しいファンを獲得していくという両方を、トレードオフじゃなく共存モデルとしてつくっていけるかどうかですね。

エディー・ジョーンズは本当のコーチ

――最後にエディーさんは、日本ラグビーにとってどんな存在でしょうか?

 エディー・ジョーンズの功績だとはっきりといえるのは、南アフリカに勝って以来、日本のラグビー界が自信をつかんだことです。それがすべてのキーだと思います。日本のラグビーが最初に自信を持ったのは、1971年にイングランド代表が来日したときの秩父宮の試合です。3対6で惜敗したんですが、いまとはまったく違うアマチュア時代で、大西鐵之祐監督が率いたチームの選手は全員日本に生まれ育って、当時、すごく大きな話題となりました。そこでラグビー人気が全国に広まって、高校の部員が増えたりしたんです。日本ラグビーにとって2015年に南アフリカに勝利したのは、その試合以来の大きな出来事、それも世界規模での快挙です。この勝利で日本のラグビー界が変わったといえる明らかな偉業ですよ、あの1勝というのは。

 国際ラグビーの歴史上、南アフリカとニュージーランドの2国は、圧倒的な巨人なんです。その南アフリカに勝った。エディー・ジョーンズの能力の結果です。

――最後に本を読んだ感想をお願いします。

 エディー・ジョーンズは、率直な人なんだと思います。この激しい気質で敵も少なくない人の本心だと僕が思うのは、最後に、数年後にはどこか名もない高校の指導をしているかもしれない、と書いているところです。これは格好つけた言葉じゃないですよ。僕にはその意味がわかります。ここがエディー・ジョーンズなんです。どこでも誰にでもラグビーを教えたい。だからもちろん世界のトップも教えたいし、野心もあるし、きっとお金だって欲しくない人ではないと思いますけど、根っこのところでは、近所の名もない高校に行って、押しかけていってもコーチをしたい。ラグビーを教えたいんです。この資質を持っている人が本当のコーチなんです。

 実際、いずれやると思います。たぶん日本の大学や高校で教えるんじゃないでしょうか。大西鐵之祐は僕にこう言いました。コーチの最大の資質は、そこにいる人間を愛する能力なんだ、と。だれしも日本代表の監督はやりたい。でも家の近所の名もない学校に行って、行ったその日からもう夢中になって、そこにいる子たちの名前を全部覚えて、教える。それが本当のコーチなんです。

 だから僕はこの本の最後の1行が最も好きです。エディー・ジョーンズはその資質を持っている。じゃあものすごく優しくていい人なのかっていうとそういうことではまったくない。あからさまに他者を批判しては自分を不利にしてしまう。失敗と学びを繰り返しながら突き進む。そこがまたおもしろいんです。

 ダイレクトな素直さは選手を強くする。指導者が感情をあらわにするとそこにいる人間の心は動く。ウソのなさに人はついていくのです。