初の著作読みたいことを、書けばいい。』が発売3ヵ月で16万部を突破した田中泰延さん来週10月14日(月)15:00〜、大阪の紀伊國屋書店梅田本店にて田中さんのトークイベントが開催されます。イベントを控え、担当編集者が、本には書いてもらえなかったけれど、どうしても聞きたかったことをインタビューしました。

それは、「ツイッターの使い方」について、です。(聞き手・構成:今野良介)

『読みたいことを、書けばいい。』は同人誌?

――はじめまして。今野です。

田中:毎日のように会っとるやろ!

――いや、毎日は会ってません。毎週です。

田中:じゅうぶんやろ! 会いすぎやろ!

――『読みたいことを、書けばいい。』が16万部売れているそうで、おめでとうございます。

田中:あんたと作ったんや!

――でも、本当に、これほど多くの人に読んでいただけるとは思っていませんでした。

田中:本当にありがたいことです。「初版が売れたらうれしいですね」というのがスタートでしたから。

校了後に田中さんと交わしたメッセージ

――我々は、ツイッターに上げてくれた読者からの感想は、1つ残らず読ませてもらってますよね。その中でも、田中さんの印象に残っている感想はなんですか?

田中:すべてありがたく読ませてもらってますけど、最近、「同人誌」を書いている方からの感想が多いですね。

――はい。「読みたいことを、書けばいい。って、完全に同人誌じゃんw」というツイートをたくさん見かけます。

田中:あれは、「なるほど、そうだ」と思いました。

――『読みたいことを、書けばいい。』の1つのメッセージは、「自分が読んでおもしろくもないものを、他人が読んでおもしろいはずがない」というものでした。たしかに、同人誌を書く方々は、「売れるため」というよりも「自分はこういうものを読みたかった」と思うものを書く、という面がありますよね。

田中:そう。それが、結果的に、たまたま売れたりする。コミケに行くと、5人で作った同人誌が売れに売れて、みんなで100万円ずつ山分けするようなケースもあるらしいんですよ。

――すごいですよね。

田中さん、ツイッターに住んでますよね?

――ツイッターといえば、わたしが田中さんを知ったのもツイッターでしたし、依頼文を送ったのもツイッターでした。

田中:はい。面識のない今野さんから、いきなり狂気的な長文メッセージが届いたので、無視しました。

――わたしは最近、ツイッター経由で執筆を依頼することが増えたんです。というか、ツイッターをきっかけにその人の魅力を知ることが多いんです。田中さんの場合、フォローした瞬間から、わたしのタイムラインが田中さんのツイートで埋め尽くされました。

田中わたし、ツイッターに住んでますから。

――田中さんの総ツイート数を開始日から割り出してみたら、1日55回くらいツイートしてました。

田中:ヒマか。

――田中さんのツイッターの特徴は、どうでもいいことばっかり書いていることですよね。

田中:失礼やろ。

――最近でも、「フグ炊いてん=同じ空の下で生きていたくない敵に食べさせる料理」とか、「干支ce寅」とか、アホみたいな、くだらないことばかりつぶやいています。

田中:だから失礼やろ。

――でも、田中さんをフォローしている人は6万人くらいいます。ビジネス界隈では、「フォロワーの数は集めた信用の数だ」などと言われたりします。田中さんは6万人の人から信用されているんですね。

田中:わたしはこの前、こういうツイートをしました。

“定期的に「まじめな人」を振り払わないと、ツイッター環境は快適になりません。それには出来るだけ「信用を無くす」ことが大切です”

――……え?

「フォロワーの数=集めた信用の数」って本当ですか?

――話が違うじゃないですか。どういうことですか? 詳しく教えてください。

田中:わたしがよくするツイートに、こういうものがあります。

「カワウソが成長したらラッコになる。ラッコが成長して、一定の大きさを超えたらビーバーになる」

――はい。飽きるほど見かけます。あれが「定期的にまじめな人を振り払う」ことになってるんですか?

田中:あのツイートに対して、「バカなことを言うな。生物学的にカワウソとラッコとビーバーは全く異なる生き物だ」というような返信をしてくる方がいます。

――そりゃ、そう言いたくもなるでしょう。

田中:あたりまえの正しさを振りかざしてくる。いわゆる「マウンティング」です。「こっちが正しいに決まってる」と、人をバカにして回ってるわけです。人をバカにして回ってる人と、「わたしはバカです」と言って回ってる人、どっちが「信用できない」ですか?

――マウンティングはイヤですけど、田中さんのほうが信用できないです。

田中:はい。わたしには「“こいつは信用できない”という信用」があるんです。

――……は?

田中:一方、あのカワウソツイートに対して、「さらに大きくなるとトドになるんですよね」と被せてくる人もいます。その人は、非合理を広げようとしているんです。非合理を広げたところに、人間相互の信頼があるんですよ。

――どういうことでしょうか。

田中:なぜなら、人間の存在そのものが非合理だから。みんな望んでもないのに生まれてきて、自分の意志とは無関係に死んでいくでしょ。そもそも非合理なんです。

――まあ、たしかに人間の存在は非合理的ですけど……。

田中:合理性を求める人とか、マウンティングしてくる人って言うのは、すごい限定的な時間と空間の中にある正しさを主張しているだけなんです。人生100年あるとして、活動の幅は地球の広さだけあって、時間も空間もコントロールできるはずがないほど膨大なのに、東京だったら東京、今年なら2019年というものすごく狭いフィールドの中だけで通用する正しさを持って、そこに入ってきた人に向けて威張っている。果たして、その人は信用できるんですかってことなんです。

――自分の正しさを主張してくる人は、「なんか息苦しいな」と思いますね。

田中:わたし、学生向けの就活セミナーとかでよく言うんです。「会社に入ったら、社長とか、役員とか、部長とか上司とかがいて、偉い人たちがいると思うでしょ。でも、今日あなたの横に座ってた人、なんとか海上生命保険の常務かもしれないんです。でも、知らなかったでしょ。ただのおっさんだったでしょ。その人、なんとか海上のオフィスに一歩入ったら、部下に威張り散らしてるかもしれないんです。でも、たとえば、面接に向かう電車の中でお年寄りに席を譲ったジェントルマンがいて、面接会場に入ったら、総務の社員に『おつかれさま』って労ってる人がいて、それが同じ人だったって気づいたら、どうですか。どちらの人が信用できますか?」って。

――うーん。ジェントルマンのほうがいいかも。

田中:外にいても、会社の中にいても、同じように一定の優しさを発揮できる人は、信用できる人なんです。

「クソリプラー」と「ウザガラマー」の違い

――その、「狭い世界の中で声高に自分の正しさを主張する」って、ツイッターで言うとどんなツイートですか?

田中クソリプです。クソリプラー。人生クソリプ。

――田中さんにとっての「クソリプ」の定義ってなんですか?

田中:「悪意がある」です。ここで言う「悪意」っていうのは、悪い気持ちで書いているか否かではなくて、自分が正しいと信じていることが、他人に悪意として伝わる人のことです。自分のフィールドしか守ってないから、自分の正しさが他人に悪意として伝わることを知らない、想像できない人なんです。

――そういえば、田中さんはツイッターで「クソリプラー=KR」と「ウザガラマー=UG」の話をよくされてますよね。田中さんがよくやり取りをされているのは、ウザガラマーの方達です。クソリプラーとウザガラマーの違いってどこにあるんですか?

田中:ウザガラマーは、たしかにウザめに絡んでくる人なんですけど(笑)、非合理なことに乗ってきて、ボケを重ねてくる人です。ボケって、「仮説」なんです。日常の中で、あたりまえとされている常識ってあるでしょ? それに対して、「いや、こういう見方、言い方、考え方ができるんじゃないか」っていうのがボケです。日常の正しさに対する、別の見方の仮説がボケなんですよ。

――ボケは仮説。

田中:そこに、袋がありますね。ニューヨークの摩天楼のビルから、バナナが1本突き出てます。

たまたま、そこにあった袋です。

このバナナは、この袋をデザインした人が、ニューヨークのビルっていう「現実のフィールドの正しさ」の中に差し込んだボケなんですよね。これを「いいね!」って肯定する姿勢からウザがらみが始まっていくんです。「俺だったらマンゴーを生やす!」「いや、ここはズッキーニだろう!」とか、さらにボケていく。仮説に仮説を重ねていくんです。

でも、クソリプラーというのは、「なんでニューヨークにバナナなんだ。ビルからバナナなんか生えるか!」と言ってくるんですよ。そんなこと、言われなくてもわかってるわけです。「そんなこと言われなくてもわかっとるわ!」ということを、改めて自分の正しさのフィールドから突きつけてくる人がクソリプラーなんです。仮説に対して、日常や常識にのっとった正しさを主張してくるというのは、つまり、ツッコミなんです。

――はい、ちょっと待った。

田中:人が気持ちよくしゃべってるのに。

日常会話に「ツッコミ」はなくてもいいんです。

――田中さん、関西人ですよね?

田中:生まれも育ちも大阪です。わたしの責任ではない。

――漫才って、「ボケ」に対して「ツッコミ」がいないと成立しないんじゃないですか?

田中:はい、それもよく勘違いされることです。ツッコミは、漫才にだけいればいい存在です。大阪では、ツッコミ役はほとんどいません。いたら、その人はヒエラルキーの最下層です。

――……え? 的確なツッコミをする人って、「おもしろい人」だと思われやすくないですか?

田中:漫才におけるツッコミは、「次の話題にいくため」に必要だからあるんです。「そんなわけないやろ!……次の話題いくけどな」という役割です。するとボケ担当が、次のボケに進むことができる。そして最後には、「そんなわけないやろ! やめさせてもらうわ!」で終わる。

――たしかに。

田中ツッコミ役というのは、話を終わらせるためにいるんです。日常生活には、ツッコミは不要です。

――会話を収束させる必要がないってことですか?

田中:はい。大阪における最高の会話というのはですね、5人いたら、5人全員がボケにボケを重ねあって、仮説に仮説を重ねあって、最初の話がなんだったのかわからなくなって、エントロピーが増大した地点がもっとも幸せな状態なんです。

――(必死でエントロピー増大をググりながら)「物事が乱雑な方向に進んで、秩序立ったところから無秩序に変化していく度合いを示す物理法則」みたいな意味ですよね。

田中:はい。目指すは「熱的死」です。

――(バレないように熱的死をググりながら)「宇宙のエントロピーが不可逆的に増大して最大値となり、それ以上、状態の変化や仕事に使うエネルギーが得られない状態」ですよね。なるほど。

……いや、すみません、どういうことですか?

田中:使用可能なエネルギー、つまり「正しさ」が雲散霧消して、すべての運動エネルギーや位置エネルギーを失って拡散した状態、物理用語で言えば「熱的死」がボケの極致であり、わたしのコミュニケーションの理想形なんです。

「自分の居心地をよくする」ということ

――わたし物理のテスト赤点だったんでもうその比喩はやめていただきたいんですが、つまり、田中さんにとってのツイッターとは、コミュニケーションの理想形をネット上で実現させるための実験場なんですか?

田中:はい。日々エントロピーの増大を心がけています。日々、熱的死。

――やめてと何度言えば。でも、たしかに、それをおもしろがる人が集まっているのが、田中さんのフォロワーの特徴ですよね。「この人のいうことは役に立つからフォローしよう」とかじゃなくて、「この人と絡んだり、この人と絡んでいる人とのやりとりがおもしろいからフォローする」という。

田中:先ほどのカワウソのツイートを見て、「この人はとんでもないデタラメを書く人なんだな」と思う人は、「もうこの人をフォローするのはやめよう」と思ってくれるはずです。わたしにとっては、それがありがたいんです。そういう人同士がフォローし合うのって、お互いにとって不幸じゃないですか。そういうクソリプラーやツッコミ担当の人が、ネットでもリアルでも自分の周りからいなくなってくれることが、わたしの人生の究極の目標です。

――もともとそういうことがやりたくてツイッター始めたんですか?

田中:そんなわけないやろ(笑)。でも、やっているうちに、そういうツッコミやクソリプをする「まじめな人」がいることや、なぜそういう人がクソリプを飛ばしてくるのかという構造がわかったから、自分の居心地をよくするような使い方をしているだけです。

みんな、「自分の居心地をよくすること」について考えてなさすぎるんじゃないかと思うんです。

――なるほど。……あれ? それって、『読みたいことを、書けばいい。』の「まずは自分が読んでおもしろくなければ書くこと自体が無駄になる」につながりませんか?

田中:そうなんです。

第2回に続きます

田中泰延(たなか・ひろのぶ)
1969年大阪生まれ。早稲田大学第二文学部卒。学生時代に6000冊の本を乱読。1993年株式会社電通入社。24年間コピーライター・CMプランナーとして活動。2016年に退職、「青年失業家」と自称しフリーランスとしてインターネット上で執筆活動を開始。webサイト『街角のクリエイティブ』に連載する映画評「田中泰延のエンタメ新党」「ひろのぶ雑記」が累計330万PVの人気コラムになる。その他、奈良県・滋賀県・福島県など地方自治体と提携したPRコラム、写真メディア『SEIN』連載記事を執筆。映画・文学・音楽・美術・写真・就職など硬軟幅広いテーマの文章で読者の熱狂的な支持を得る。「明日のライターゼミ」講師。2019年6月、初の著書『読みたいことを、書けばいい。』を上梓。現在16万部突破。