客にしてみれば、他の店では、少ない選択肢から「これでいいか」と妥協して選んでいたのに、飯田屋では「これが欲しかった」と満足して購入できる。そこには感動があり、笑顔がある。飯田屋が目指しているのは、この「客の笑顔」に他ならない。自分たちの仕事は「物販業」ではなく「喜ばせ業」だと、飯田さんは断言する。

 飯田屋には、きわめてニッチなニーズを持った客も訪れる。例えば、初めて包丁を握る子どものための「切れの悪い包丁」や、豆つかみゲームのための「つかみにくい箸」などだ。飯田屋は、こうした、多くの店が取り扱っていない商品も取りそろえている。客は「えっ! 本当にあるの?」と驚き、飯田屋のファンになる。

「切れの悪い包丁」は、店頭に「子ども向けコーナー」を設けて売り出すと、子ども用包丁として、たちまちヒット商品になったという。

 飯田屋は、さまざまなニーズに応えるために、たった1点でもいいからたくさんの種類の商品を集めている。これは、ネット通販が得意とする「ロングテール」という手法だ。しかし、実物を店頭に並べる必要のないネット通販とは違い、飯田屋のような小規模のリアル店舗では考えられないやり方だ。「過剰在庫」になり、無駄なコストがかかるからだ。

 だが、飯田屋はあえて過剰在庫を目指し、多品目を店頭に並べる。何百種類あってもほとんどが売れ残るため、在庫回転率はきわめて低いが気にしない。すべては「客の笑顔」のためだ。

「売るな」という常識外れの営業方針も、客の満足感を損なわないためのものだ。「売るな」というより「売り込むな」というのが正確だろう。すなわち、店員が、利益のために「客にあまり合っていないが高価な商品」「売れ筋」「在庫をさばきたい商品」などを売り込むのを禁じているということだ。

「売り上げ目標やノルマがない」のも同じ理由だ。売り上げ目標やノルマの数字を達成するために、客が満足しない商品を売りつけることは、飯田屋では言語道断なのだ。

 要は、飯田屋にとって、売り上げ、利益、コストなど「お金」に関することは最優先課題ではないのだろう。優先するのは、繰り返しになるが「客の笑顔」だ。客に心の底から満足してもらい、信頼を勝ち取る。そうしてファンやリピーター、口コミが増えていけば、おのずと売り上げがついてくる、という考え方なのだ。