100億円でリニューアルするための「最適解」

西武園ゆうえんちは生まれ変わった。子どもから大人まで一日楽しめる、新鮮なテーマパークになったと思う。そして驚くべきは、このリニューアルにかかったお金がたったの「100億円」ということだ。

100億円というと巨額に感じられるかもしれない。実際、「100億円の巨額投資でリニューアル」と報じたメディアもあった。しかしそうだろうか? 例えば、USJなら、『ハリーポッター』のエリアを造るだけで450億円かかっている。最近オープンした『スーパー・ニンテンドー・ワールド』に至っては600億円もかかっているのだ。『ゴジラ・ザ・ライド』クラスの1級のアトラクションを新設するだけで100億円を超えるというのが、最近のテーマパークの常識である。

たった100億円でパーク全体のリニューアルをしろという方が、本来は無理難題なのだ。100億円では一部しかリニューアルできない。仮に100億円かけて最新の未来型アトラクションを設置したとしても、その隣に古めかしいアトラクションが残っていたら白けてしまうはずだ。

そこで森岡氏率いる刀は、「昭和」という最適解を見つけ出した。西武園ゆうえんち70周年の資産を生かす画期的な方法だ。

昭和の商店街の再現なら、投資はある程度抑えられる。加えて、アトラクションの中心はパフォーマーたち「人間」だ。初期投資は最小限ですむ。これはゾンビを園内に放つことで大成功した、USJのハロウィーンにも通ずる発想だ。

しかも、入園と同時に「昭和」という色眼鏡をかけさせられた入園者は、大昔からある大観覧車や展望塔を見ても、まるで違和感を覚えることがない。パーク全体が変身したような錯覚に陥る。

「昭和」というコンセプトがある以上、これらのアトラクションがどんなに古びようともマイナスには働かない。経年劣化という「いい味」を醸し出しているに過ぎないのだ。

なぜ『ゴジラ・ザ・ライド』は映画館なのか?

しかし少なからず疑問もあった。ここに2度3度と来たくなるだろうか?

テーマパークはリピーターを獲得できなければ運営が難しいはずだが……。

後日、森岡氏に会う機会があったのでその疑問をぶつけてみた。

「100億円でパークをリニューアルするというのは、我々のプランの一つです。西武さんが資金を出し渋ったわけではありません。もちろん数百億、数千億かければもっと大胆なリニューアルはできます。しかしそれだけリスクも大きくなる。テーマパークやリゾートが失敗する最大の原因は、集客以上に投資し過ぎてしまうことなのです。投資額を回収できなければ、いずれそこの経営は行き詰まってしまう。しかし100億円程度の投資なら、十分に経営は回っていく。持続的に経営を進める中で徐々にアトラクションを増やして、お客さんにその度に来て貰えばいいのです。西武園ゆうえんちの周囲の地形はまだ空きがありますから拡張は可能です。もちろん二の矢、三の矢を用意していますよ。この夏もすごいことをやります。楽しみにしていてください」(刀CEO・森岡毅氏)

なるほど。投資を回収しながら堅実にキャッシュを回し、コツコツとパークには追加投資していく。それを可能にする構造を最初から組み込んで事業を設計する。それこそが刀が西武園ゆうえんちに注入したノウハウなのだ。

西武園ゆうえんちの敷地内にはまだ空いているスペースがある。それはアトラクションの追加が可能だという証拠でもある。加えてUSJのように都心にあるテーマパークとは違い、郊外にある西武園ゆうえんちは周囲への拡張も可能だ。森岡氏は、目先の結果だけではなく、5年後、10年後の未来を見据えていたのだ。

森岡氏は続けた。

「なぜ『ゴジラ・ザ・ライド』を映画館に見立てたかわかりますか? 映画館ですから、季節や時間によって、違うコンテンツを入れていくことも可能だということです。新作を投入してもかかるのは映像の製作費程度ですから、予算はしれています。定期的に新作を投入できるのです。USJにあった『ETアドベンチャー』や、TDRの『キャプテンEO』のように、アトラクションごと作り変えるというのがこれまでのテーマパークの常識でした。『E Tアドベンチャー』は『スペース・ファンタジー・ザ・ライド』に、『キャプテンEO』は『スティッチ・エンカウンター』になりました。クリエイティブが作りたいものを作って、アトラクションが古くなって人気が落ちてくると、そのたびに新たに巨額の設備投資が必要になっていたのです。でも作り直すのがソフトだけなら、投資は最小限ですみます」

「映画館」という発想はただの思いつきではなかった。テーマパークの常識を覆す「コロンブスの卵」的な発明だったのだ。

かつては年間200万人近い入場者を記録した西武園ゆうえんちだが、最近は40万人以下まで入場者を減らしていた。しかし数年後には、全盛期以上の集客が見込めるだろう。

なぜなら我々が今見ている西武園ゆうえんちは、「第一形態」に過ぎないからだ。新たなアトラクションを追加し、西武園ゆうえんちは新たな姿に成長していくのだろう。その未来に向けて、森岡氏は一歩を踏み出したのだ。

森岡 毅(もりおか・つよし)
“昭和の街”として甦った西武園ゆうえんちに刀が吹き込んだ“持続可能な仕組み”

戦略家・マーケター
高等数学を用いた独自の戦略理論、革新的なアイデアを生み出すノウハウ、マーケティング理論等、一連の暗黙知であったマーケティングノウハウを形式知化し「森岡メソッド」を開発。経営危機にあったUSJに導入し、わずか数年で劇的に経営再建した。
1972年生まれ。神戸大学経営学部卒。1996年、P&G入社。日本ヴィダルサスーン、北米パンテーンのブランドマネージャー、ウエラジャパン副代表等を経て2010年にユー・エス・ジェイ入社。革新的なアイデアを次々投入し、窮地にあったUSJをV字回復させる。2012年より同社チーフ・マーケティング・オフィサー、執行役員、マーケティング本部長。2017年にUSJを退社し、マーケティング精鋭集団「刀」を設立。
「マーケティングで日本を元気に」という大義の下、丸亀製麺を僅か半年で復活に導き、旧グリーンピア三木(現ネスタリゾート神戸)を経営再建させたほか、西武園ゆうえんちのリニューアルなどいくつものプロジェクトを推進。USJ時代に断念した沖縄テーマパーク構想に再び着手し注目を集めている。
著書に、『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』(KADOKAWA)、『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(共著、KADOKAWA)、『誰もが人を動かせる! あなたの人生を変えるリーダーシップ革命』(日経BP社)、『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』(ダイヤモンド社)などがある。

参考記事
日本の傑作コンテンツを世界に売りたい
森岡毅が語る刀起業の真実③