――家族からすれば、わが子の話のように思えるのでしょうね。それだけ身近であり、ひきこもりという状態は1人1人違っていて多様なんです。

林真理子さん1954年、山梨県生まれ。82年エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーになる。86年「最終便に間に合えば」「京都まで」で直木賞、95年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、98年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞、2013年『アスクレピオスの愛人』で島清恋愛文学賞、20年、菊池寛賞を受賞。そのほかの著書に『不機嫌な果実』『アッコちゃんの時代』『正妻 慶喜と美賀子』『我らがパラダイス』『西郷どん!』『愉楽にて』『綴る女 評伝・宮尾登美子』など多数。 Photo by M.K.

 家の近所を歩いていると、上品なお母さんから「うちの息子もそうなんですよ」って言われて(笑)。びっくりしました。私は山梨県出身ですが、特に田舎は「8050」が多い印象です。子どもの方が60歳になるという事例も聞きました。

――今回の作品のベースにあるのは父と子の関係であり、家族の温かみみたいなものが全体を通して感じられました。描くに当たって、どんな点を意識されましたか?

 ドキュメンタリーは事実を提示しますが、私たち小説家はそれを料理しないといけない。さらに普遍的な何かを与えなければいけないということで、父と子の物語にしました。

――登場人物にモデルはいるのでしょうか?

 すべて私の中で作り上げたものです。レビューを読んでいたら、「独断的な初老の男性像が非常にリアリティーがある」と書かれていて、我慢して結婚生活するもんだなって思いました(笑)。

――登場人物全員に共感できて、リアリティーがありました。どういうお気持ちでお書きになられたのですか?

 お姉ちゃん(由依)は、私が投影されていると思います。「自分が幸せになるために、これは邪魔だな」みたいに合理的に考えるところが(笑)。彼女が、「ひきこもっている弟がいたら結婚できないかもしれない」と思った時に、大澤家の平穏が破られていくというキーパーソンですので、丁寧に描きました。

 作家というのは、書いているときにはお芝居の1人4役、5役のせりふを書き分けていく。人を書き分けていくのは楽しいですね。それができなければ、職業作家ではないわけです。日頃から人を観察していれば、作家なら皆できると思います。

 例えば、『小説8050』の主人公である大澤正樹は歯科医ですが、これも月に1回、歯のクリーニングに30年くらい通っていて着想を得たものです。そこの歯科医さんから、「インプラント(人工歯根)と審美をやらない限り歯科医には未来がない。虫歯では食べていけない」と聞いていたので、商店街の中の昔はお金持ちだった歯科医という人物設定が思い浮かんだんです。