SNSに代表される現代の人間関係において、「共感がかつてないほどに重要なキーワードとなっている」と言われて異論がある人は少ないだろう。しかし共感は主観的なものであり、非常に捉えづらいものである(もちろん「いいね!」の数で測れるものでもない)。スタンフォード大学の共感研究における新進気鋭の心理学者として知られるジャミール・ザキは、「共感力は生まれたときから固定の才能ではなく、意識的に伸ばすことのできるスキル」と位置づけ、画期的な研究成果をあげている。今回、ザキが専門書ではなく、一般の読者にも広く共感について知見を深めてもらうための本としてまとめたのが『スタンフォード大学の共感の授業――人生を変える「思いやる力」の研究』だ。同書には、アンジェラ・ダックワース(『やり抜く力』)アダム・グラント(『Give & Take』)、キャロル・ドウェック(『マインドセット』)をはじめとするビッグネームからの賛辞が寄せられ、あいまいな共感をめぐる議論に一石を投じる本として世界中から絶賛の声が寄せられている。注目のこの本から、「3種類の共感」の記事に続き、3種類の共感の関係と共感力を高める方法について紹介する。

共感の問題への対応Photo: Adobe Stock

共感の種類と関係がわかれば、問題のある共感力にも対応できる

 体験共有、メンタライジング、共感的配慮という「共感の区別」について考えるのは大変興味深い作業だ。

 たとえば、共通点のない相手に共感するときには、メンタライジングが一番役に立つ。自分には興味のないスポーツチームのファンが、試合のあとに道路標識に登りたがる理由を知るためには、彼らの情動において見えている景色は自分に見えている景色とは違うのだということを理解しなければならない。人と人とが理解しあえないのは、往々にして、自分自身の知識や優先順位を他人に投影して決めつけてしまっているからだ。

 共感の種類が違うと、活動する脳のシステムも異なってくる。役立つ場面にも違いがある。ポーカーやボクシングをするときは、敵のもつ情報や次の行動を察するために、鋭いメンタライジングの能力が必要だ。こういうときに配慮は役立たない。

 育児は正反対で、子どもが癇癪を起こしている理由はわからなくても、子どものために何をすべきか判断しなくてはならない。本人の立場が共感の種類を決めることもある。たとえば救急救命室の医師は、患者のことを強く思いやるが、患者の苦しみを自分のものとして感じ取ってしまったら、仕事ができなくなる。自閉症スペクトラム障害のある子どもは、メンタライジングは苦手でも、他人の気持ちを共有したり配慮したりすることがある。サイコパスは反対だ。彼らは他人がどう感じているか正確に見極められる。しかし相手の苦しみはまったく心に響かない。

 こうした区別がある一方で、それぞれの共感は相互に深くつながってもいる。他人の情動を共有すれば、相手の気持ちに関心をもつ。相手について関心をもてば、結果的に相手の幸せを願う気持ちが高まる可能性が高い。つまり3つの共感は、方法は違っても、すべてやさしさの行動を促すことにつながる。

 霊長類学者フランス・ドゥ・ヴァールは、これを共感の「マトリョーシカモデル」という見事な表現で説明した。ドゥ・ヴァールの考えでは、一番小さいマトリョーシカが、原始的な体験共有のプロセスだ。他人の痛みを自分のものとして感じることで、苦痛を止めたいという衝動が生まれる。

 その上に、やや大きいマトリョーシカとして複雑な共感の形式が重なって、もう少し広いやさしさを生み出す。メンタライジングを通じて他人の気持ちを細かく把握し、なぜそう感じているかを理解し、さらに重要な点として、どうすればその気持ちが改善されるかも考えるのだ。

 その次のマトリョーシカでは、相手に対する深い配慮が生まれている。自分が苦しいかどうかということよりも、相手が感じている苦痛に意識を向けられる。

 哲学者ピーター・シンガーが著書『拡大する輪』で表現したグローバルなやさしさは、この配慮をさらに広く拡大したものだ。特定の個人ではなく、人間全体を慮ることを想定している。

『スタンフォード大学の共感の授業――人生を変える「思いやる力」の研究』では、薄れてしまった共感の再構築というテーマに主眼を置いた。共感力が働かない原因を突き止め、もっとも効果的な解決策を見つけるにあたって、今述べたような共感の種類を特定することが役に立つ。

 たとえば無関心で冷淡になるのは、認識が足りないせいかもしれない。ホームレスの人の体験など考えないので、彼らの苦しみには関心が湧かないのだ。この場合の介入としては、たとえば他者視点取得のエクササイズやバーチャルリアリティを活用して、メンタライジングのスキルを育てるのがよいだろう。

 紛争に直面したときは、敵のことを深く認識するものの、敵の幸せを慮ったりはしない(むしろ敵の苦しみを願うだろう)。この場合は、接触の場を作り、特に集団の垣根をまたがる友情関係を作ることで、変化を起こすことができるかもしれない。

 医療従事者などのバーンアウトの問題は、体験共有が過剰であるせいで起きることが多い。瞑想テクニックを利用すれば、共有ではなく配慮へと切り替えることができるだろう。

 いずれにせよ、共感に関してどんな対策が必要か理解するためには、まず、どんな共感をしているか見分ける必要がある