孤独の深刻化が危惧されている。日本では、生涯未婚率が男性23.4%、女性14.1%と過去最高を記録し(内閣府)、単独世帯は2040年に40%に達すると予測され(総務省)、少なくとも物理的な「孤独」は確実に進行している。また昨今の女性や若年層の自殺増加についても、コロナ禍における孤独感の影響が指摘されている。
こうした「孤立・孤独」の問題は、日本のみならず世界中に広がっている。それも、個人が抱える感情問題にとどまらない。政治・経済の構造や企業の対応、人々のライフスタイル・考え方の変化などが、複雑に絡みあっている。また人々の孤立・孤独は健康を脅かし、さらに社会や経済をも不安定化させる。そうした「孤独危機」の構造と、改善に向けた処方箋をまとめた新刊『THE LONELY CENTURY なぜ私たちは「孤独」なのか』の著者ノリーナ・ハーツ(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授)は、「世界のリーディング・シンカーの一人」(オブザーバー紙)と称される。今回の新刊をまとめた背景を聞いた。(翻訳:藤原朝子)
世界は孤独危機に陥っている――。
私がそんなふうに思うようになったきっかけは3つあります。
第一に、若者が孤独を訴えるようになりました。私は20年ほど前から大学で教鞭を取っていますが、ここ数年、授業の前後に、自分がいかに孤独かを切々と訴える学生が増えてきました。もちろん、そういう学生は昔からいましたが、こんなに大勢ではありませんでした。
しかも、多くが対面交流を苦手としています。これはスマートフォンやコンピュータの画面を眺めている時間が著しく増えた結果でしょう。米国の超名門大学の先生から聞いたのですが、その大学では、新入生向けに「リアルタイムに人の表情を読む方法」という授業を設けることにしたそうです。
第二に、政治的な潮流にも、孤独が影響していることがわかってきました。4年ほど前、私は欧米におけるポピュリズムの台頭を研究していました。米国のドナルド・トランプ前大統領や、フランスの極右・国民連合のマリーヌ・ルペン党首、イタリアの極右・同盟のマッテオ・サルビーニ党首といった政治家が、なぜ多くの支持を集めるようになったのか知りたかったのです。
そこで、いろいろな国でポピュリスト政治家を支持する人の話を聞いたところ、「孤独」というキーワードが浮かび上がってきました。その支持者たちは、友達や家族から孤立しているだけでなく、伝統的な政治家や政党に相手にされていないという孤立感を覚えていました。社会に居場所がないという感覚です。ポピュリストたちは、こうした感覚を非常に巧みに利用したのです。
第三に、孤独を癒すビジネスの存在に気づきました。私自身、アマゾンの音声アシスタント「アレクサ」を購入したところ、自分でも驚くほど深い愛着を覚えるようになりました。そこでよく目を凝らすと、私たちの身の回りには、孤独を癒すプロダクトやサービスがたくさん生まれていることに気づきました。
現代では乏しくなったと思われている、人間どうしのつながりやコミュニティーをもたらす「孤独ビジネス」は、コロナ禍の前から大きく成長していました。それは一体なぜなのか--。
こうした問題意識が重なって、孤独が現代の世界における非常に重要なトレンドであり、もっと詳しく調べる必要があると思うようになりました。その結果をまとめたのが、拙著『THE LONELY CENTURY』です。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授
戦略、経済的リスク、地政学的リスク、人工知能(AI)、デジタルトランンスフォメーション、ミレニアル世代とポストミレニアル世代について、多くのビジネスパーソンや政治家に助言している。「世界で最もインスピレーションを与える女性の1人」(ヴォーグ誌)、「世界のリーディングシンカーの1人」(英オブザーバー紙)と評価され、世界のトレンドを見事に予測してきた。19歳で大学を卒業し、ケンブリッジ大学で博士号を取得した後、ペンシルベニア大学ウォートンスクールでMBAを取得。ケンブリッジ大学国際ビジネス・経営センターの副所長を10年務め、2014年より現職。最新刊『THE LONELY CENTURY 私たちはなぜ「孤独」なのか』が7/14発売。
この孤独危機を克服するためには、まず、それがいかに深刻かを理解する必要があります。コロナ禍で悪化したのは事実ですが、この問題はもっと前からかなり深刻化していました。
しかも孤独は、心身の健康や民主主義まで危険にさらす恐れがあります。日本でも、とくに女性や若者の間で自殺が増えていて、その大きな理由のひとつとして孤独が言われていますよね。
この問題を解決するためには、政府と企業と個人がそれぞれ取り組まなければいけないことがあると思います。
まず、政府は、コミュニケーションのインフラに投資する必要があります。公園や、ユースクラブ(主に15~21歳の若者向けの体育施設や職業訓練施設が入った場所)や、高齢者のデイケアセンターや、公立図書館を充実させるのです。他人や社会とのつながりを感じるためには、物理的に集まれる場所がなくてはいけません。
地元住民に愛されている商店や書店を、政府が支援するという手もあります。こうした店は、コミュニティーを育てたり、ご近所さんどうしのつながりをつくったりする重要な働きがあります。本屋の店員さんとの30秒のおしゃべりや、カフェの店員さんとのちょっとしたやりとりとなど、極小の交流が巨大な違いをもたらすことができるのです。
政府は、ソーシャルメディアなど構造的な問題の源泉に切り込む必要もあるでしょう。英国では現在、ソーシャルメディア企業が、そのプラットフォーム上に心身に有害なコンテンツを放置することを禁止する法案が審議されています。
企業も、従業員の孤独を癒すためにやれることがたくさんあります。倫理的な理由からだけでなく、経営上の理由からも行動を起こすべきでしょう。孤独な従業員は生産性が低く、モチベーションが低く、会社を辞めやすいことがわかっています。
最も簡単な方法は、従業員がランチなど食事を一緒にとる機会をつくることです。シカゴ市の消防署を調べた研究では、隊員が一緒に食事をとることにしている署では、隊員どうしの絆が深いだけでなく、消防活動の成績も2倍高いことがわかっています。
個人レベルでできることもたくさんあります。スマートフォンを置いて、目の前にいる相手に集中すること。これはティーンエイジャーだけでなく、全世代が取り組むべきことでしょう。なるべく地元の商店で買い物をしたり、地域のイベントに参加したりして、コミュニティーづくりに参加することも重要です。
また、身の回りに孤独を感じている人がいないか気を配り、意識的に声をかけることも大切です。電話をかけたり、メッセージを送ったり、余裕があれば、実際に会いに行きましょう。相手のことを気にかけていると伝えるだけでも、その人に大きな安らぎを与えることができるものです。
『THE LONELY CENTURY』には、ほかにも、人々の孤独を癒し、社会とのつながりを取り戻すために、世界中で行われている試みをたくさん紹介しています。
韓国では、高齢者向けのコラテック(昼ディスコ)が大人気です。英国では、公園に「おしゃべり歓迎」ベンチが置かれ、そこに座れば道ゆく人々が話しかけてくれます。シカゴでは、新しく建てられた低所得層向け団地の1階に公立図書館が設けられ、地域全体のコミュニティーセンターとして機能しています。ドイツでは、週刊誌ディー・ツァイトが、政治的意見が正反対の人をペアにして、2時間にわたり直接話をする機会をつくり、多くの人が相手に共通点を見出しました。
私たちは孤独な世界をつくってしまったかもしれませんが、今ならそれは変えることができるのです。未来は、私たちの手の中にあるのですから。