「糖質を摂取しなければがんが小さくなる」、
「にんじんジュースには抗がん作用がある」、
「血液クレンジングはがん予防に有効」……。

インターネットにあふれているこのような話には、明確な効果が期待できません。しかし、これらを信じてしまい、怪しい業者に大金を払ってしまったり、病院で治療を受けるのをやめてしまったりして命を危険にさらす患者さんが後を絶ちません。

国民の2人に1人が生涯のうち一度はがんになる時代になり、がんは身近な病気になりました。しかし、がんについて学ぶ機会はほとんどありません。仮にがんと告知され、心身共に弱り切った状態でも、怪しい治療法を避けて正しい治療法を選ぶにはどうしたらいいのでしょうか。

このような「トンデモ医療情報」の被害を抑えようと情報発信をしている3人の医師・研究者が書いたがんの解説本が、ついに発売されます。新刊『世界中の医学研究を徹底的に比較して分かった最高のがん治療』は、発売前の3/27からアマゾンの「ガン」カテゴリで1位を取り続け、SNS上で大きな話題になっています

医療データ分析の専門家である津川友介UCLA助教授、抗がん剤治療のパイオニアである勝俣範之日本医科大学教授、がん研究者である大須賀覚アラバマ大学バーミンガム校助教授の3人が、それぞれの専門分野の英知を詰め込んで、徹底的にわかりやすくがんを解説。読めば必ず正しい選択ができる一冊に仕上がりました。

本書の刊行を記念して、本書の内容および、津川友介氏、勝俣範之氏、大須賀覚氏による発刊前に行われた講演を再構成した記事をお伝えします。(構成:野口孝行)

「最高のがん治療」とは「標準治療」のことであるPhoto: Adobe Stock

がんの治療法を選ぶときに
いちばん大切なこと

 私たちが何よりも大事だと思っているのが、「がんになったらまずは標準治療を検討してください」ということです。がん治療の選択で一番大事なものと言えば、これに尽きます。

 標準治療とは、「現時点で最高の効果を得られることが科学的に確認されている治療法」のことです。

 「標準」とついているので、何だかそれほどすごくない治療法と感じる方もいるかもしれません。実は、この言葉自体に問題があると指摘されています。「標準」と言われると、通常は松竹梅の「松」ではなく「竹」と受け取られます。ですから、「標準治療」と言われても、さらに上の最高の治療があるのだろうと思われてしまう傾向があるのです。

  標準治療は英語の「Standard therapy」を訳したものです。Standardは日本語の「標準」よりも強い意味合いがあって、Standard therapyと言うと「すべての患者さんが標準的に使うべき治療」というニュアンスとなり、最高の治療に近い意味なのです。日本語によるイメージのせいで誤解されやすい標準治療ですが、最高の治療であると考えて間違いありません。

 標準治療とは、実際にどんなものなのでしょう。手短に説明すると、手術や放射線照射、抗がん剤治療、免疫療法などの様々な治療を組み合わせて確立された治療法のことです。組み合わせ方法は1つではなく、がんの種類や患者さんの状態、がんの進行度に合わせて、それぞれ異なるレシピがあるのです。その数は何千、何万通りにも及び、そのすべてが標準治療です。

 標準治療の内容は日進月歩で発展しており、新しく開発された治療法がいいものなら、旧来のものと入れ替わっていきます。この標準治療は、特殊な病院で行われているわけではなく、一般的にがん治療の専門病院で受けられます。

日本は海外と比べて
薬の承認が遅いって本当?

 とても大事な点は、標準治療には保険が適用されることです。日本は、最も効果が期待できる標準治療に保険を適用し、患者の負担を軽減する政策を取っているので、誰もが最高の治療を安価で受けられる環境にあります。これは決して当たり前のことではありません。他国では、高額の支払いをしないと標準治療を受けられない国がたくさんあります

 日本と海外では、治療法のあり方が違うだろうとよく聞かれます。「標準治療は日本だけで行われていることで、アメリカでは違う治療をしているのでしょう?」といった質問などです。

 これはよく見る誤解です。標準治療は、基本的に世界共通で、どの国でも同じレシピで行われています。がん治療には患者さんの命が懸かっているので、海外で新しくて有効な治療法が見つかったのに、古い治療法が採用されたままといった事態は避けなければなりません。新しい治療法がどこかの国で生まれると、あっという間に世界各国に広まり、薬も認可されていきます。したがって、ほとんどの国で共通した治療が行われているのです。

 例外的に、一部の薬剤が認可されなかったり、医療保険の問題、医療施設の問題などが重なったりして異なる場合はあります。たとえば、海外で先に承認されたけれど、日本ではまだ承認されていない薬剤などがあります(「国内未承認薬」と呼ばれます)。

 以前は、この海外と日本の間の承認の遅れ(ドラッグ・ラグ)が何年もの規模で発生することがありました。しかし、実は最近ではこのドラッグ・ラグはほとんど解消されています

 厚生労働省の外郭団体で、医薬品を審査する医薬品医療機器総合機構の試算によると、2006年度のドラッグ・ラグが2.4年だったのに対して、2017年度は0.4年と大幅に改善しています(*1)。海外で承認されたものも含め、もはや「標準治療」イコール「保険適用の治療」と言ってよいでしょう。

 この本では、よくある標準治療の誤解について丁寧に解説しています。ぜひ、書籍をお手に取っていただければと思います。

参考文献
*1 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構「ドラッグ・ラグの試算について」
https://www.pmda.go.jp/review-services/drug-reviews/about-reviews/p-drugs/0013.html