2021年5月初旬、米バイデン政権は新型コロナウイルス・ワクチンに係る知的財産保護義務の一時免除に前向きな姿勢を示す驚きの行動に出た。「知財」を通商戦略の柱にしている米国にとって、この動きはかつてない変化だ。連載『ザ・グレートリセット!デロイト流「新」経営術』の#6は、その変化の意味を読み解く。(デロイトトーマツグループ モニターデロイトパートナー 藤井 剛、シニアスペシャリストリード 山田太雲)
コロナ禍で変わる世界の競争ルール
知財重視の米国までがワクチン特許の放棄容認へ
米バイデン政権が知財保護義務の一時免除の姿勢を示した当時、世界貿易機関(WTO)では、コロナワクチン接種の75%が10カ国余りの先進国に集中し、新興国・途上国の医療従事者や高齢者の接種もままならない状態が問題視されていた。打開策として、新興・途上7カ国がワクチン特許の放棄の提案を行い、100カ国以上の政府とNGOなどが賛成していたが、日米欧の先進国グループは国内製薬産業の意向を受けて反対していた。
「知財」を通商戦略の柱にしている米国にとって、この動きはかつてない変化だった。キャサリン・タイ米国通商代表は、この方向転換について、知的財産権の重要性堅持という米国の基本姿勢は不変とし、今回はあくまでも「(コロナ禍という)特別な状況が必要とする特別な措置」と、極めて限定的な対応であることを強調している。
しかし、今後開発されるであろうCOVID-19の治療薬や、将来の「次なるパンデミック」においても同じ問題が浮上することは想像に難くない。今回、パンデミックが米国の公衆衛生のみならず、経済や安全保障に与えた影響を考慮すると、レーガン政権以来の通商戦略の要となってきた知財立国主義が、長期的には見直しを迫られる可能性がある。そのことはそのまま、知財を武器としてきたメガファーマの戦略にも影響を及ぼしかねない。