製品やビジネスモデルの開発アプローチとして、SFが大きな注目を集めている。『SF思考 ビジネスと自分の人生を考えるスキル』でも、SFによって生み出された製品やサービスが数多く紹介されているが、SF作品のその後のつながりをたどって行くと、ビジネスの理論や概念、手法といった、大きなトレンドへの影響も見てとれる。本連載では、筑波大学HAI研究室主宰者で日本SF作家クラブの理事も務める大澤博隆氏が、SFが生みだすトレンドに注目し、次のビジネスへのヒントを探る。1回めのキーワードは「シミュレーション」。産業や社会の未来を見通す科学的手法の成り立ちを探ると、架空の学問にたどり着く。

SFが生み出すビジネスのトレンド

 ビジネスにSFを活用することに注目が集まるようになった昨今、「SFがビジネスに与えた具体的な影響を挙げてくれませんか?」と問われることが増えた(この連載もそうして始まった)。『SF思考』で示されている内容や、このダイヤモンド・オンラインでの宮本道人氏の連載でも分かる通り、SF作品やSF作家が、社会に多くの影響を与えてきたことは間違いない。

 ただし、「このビジネスにこうした影響がある」とはなかなか断言できないところもある。これにはいろいろな理由があるが、身もふたもなくいえば、まず著作権の問題である。作品の名前や固有名詞をベースに、サービスや会社を立ち上げたとしても、そう公言するのにはリスクが伴う。

 例えば、筑波大学で装着型ロボットスーツ、「HAL(ハル)」を開発された山海嘉之教授のつくった会社は「サイバーダイン」という名前だ。これは映画『ターミネーター』シリーズに登場する会社の名前と同じだが、山海教授は公式には、「サイバニクス」という学問名から取った、と否定をしている 。ただし同時に『ターミネーター』の熱狂的なファンであることにもしっかり触れている(これは誠実な態度だと私は思う)。

 もう一つ、ビジネスにおけるSFの影響が見えづらい背景がある。それは、その影響が個々の作品やストーリーによるものだけではなく、間接的で、しかも大きなトレンドとなる「流れ」として影響を及ぼしている構造だ。

 例えば、ものづくりの民主化といわれるメイカームーブメントは、「WIRED」の元編集長であるクリス・アンダーソンの『MAKERS』によって、ビジネスパーソンに広く知られることとなったが、元をたどると同名のSF小説『Makers』に行き着く。この小説はSF作家でアクティビスト(活動家)でもあるコリイ・ドクトロウという作家によるもので、人々が自らの生活やハードウエア、果ては生活するビジネスモデルまで、自分たちで決定できるとするストーリーが描かれているのだ。

 メイカームーブメントが広がる中で、3Dプリンターで何かを作ったことがある人も、デジタルファブリケーションに産業構造が変わる可能性を見いだす人も、『MAKERS』はおそらく、その基となったSF小説はまず知らないだろう。

 また、すでにSFによって生まれたアイデアが、別の著名な作品に描かれることでビジネスや社会に一般化したというケースもある。例えば、戦後日本の漫画家たちのアイデアの多くは、海外、特に米国のSFに由来するものが多い。一方で戦後漫画やアニメは、海外の映画作品に大きな影響を与えていたりする。こうした一連の流れの中でビジネスに影響を与えたSF作品も少なくない。

 要するに、ビジネスへのSFの応用を考える場合は、単独の作品だけでなく、背後の「トレンド=流れ」を押さえておくことが重要であるように思われる。逆に、SFに描かれてきたトレンドに気付くことで、未来に関する新しいアイデアを、いち早く得ることができるかもしれない。今回はそうしたトレンドの一つ、SFに描かれた「未来予測とシミュレーション」を見ていこう。