ヘルペスウイルスで疲労を測る
客観的測定法が発明された

――ウイルスの研究者なのにどうして疲労の研究をしているのですか?

栄養ドリンクのCMから「疲労回復」の言葉が消えた深いワケ東京慈恵会医科大学ウイルス学講座教授の近藤一博医師

 私が研究しているのは感染症のウイルス学ではありません。昔は、ウイルスの研究と言えばがんのウイルスが主流でしたので、私もがんとウイルスの関係の研究から始めました。その過程で、「体の中に潜んでいるウイルスが病気を起こす」ということに興味を持ち、体の中に潜んでいるウイルスと言えばヘルペスウイルスだということで、ヘルペスウイルスに着目しました。

――ヘルペスウイルスと聞くと、性病を思い出しますが違うのですね。

 性病を起こすものもありますが、より一般的なのは口唇ヘルペスの方です。徹夜明けとか風邪で体が弱っている時に、唇の横に小さな水疱ができることはありませんか。あれが口唇ヘルペスで、成人の約半数の体内にこのヘルペスを作るウイルスが潜んでおり、強い疲労やストレスがかかると再活性化して、水疱を作って体の外に出てきます。

――ヘルペスウイルスは疲労との関係が深い?

 そうですね。同じヘルペスウイルスの仲間では、もっと疲労に反応しやすいウイルスがいます。ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)とヒトヘルペスウイルス7(HHV-7)というウイルスです。この二つはとてもよく似たウイルスで、両方とも赤ちゃんに突発性発疹という病気を引き起こします。

――突発性発疹と言えば、赤ちゃんが生まれて最初にかかる病気で有名です。

 はい。そして二つとも、ほぼ100%、成人の体内に潜んでいます。われわれは研究によって、これらのウイルスが、少し残業をするといった程度の疲労でも、唾液の中に出てくることを突き止め、唾液の中のHHV-6やHHV-7の量を調べることで疲労の有無や度合いを客観的に測る方法を世界で初めて発見しました。これは慈恵医大の特許技術です。

――ということはそれまで、疲労の有無や度合いを客観的に測る方法はなかったんですか?

 Visual Analogue Scale(VAS)検査と言って、「疲れをまったく感じない」を0、「疲れ切った感覚」を10として、被験者に「自分の疲労度はこれぐらい」というところに印をつけてもらう方法しかありませんでした。

――測定と言うよりは「個人の感覚」ですよね。ほかに方法がなかったとはいえ、あまり科学的ではないような気がします。

 ええ。しかし、栄養ドリンクや健康食品でうたわれていた「疲労回復効果」はすべて、このVASを使って測定されたものでした。