もし人間がイルカの代理母になったら? もし3人の親を持つ子どもが生まれたら? 奇想天外なようでいて、技術が進展すれば十分にありえる未来を視覚的に示す「スペキュラティヴ・デザイン」の手法を駆使し、さまざまな現代美術作品を発表し続けているアーティストの長谷川愛氏。性やジェンダーを主要なテーマとした作品群は、テクノロジーの発展がもたらす可能性とリスクの両面をショッキングに可視化し、社会に鋭い問いを放つ。SF思考との共通点やビジネスとの接点、未来創造の可能性を『SF思考』著者の藤本敦也氏が聞いた。(構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)

新しい価値観で殴られたい

――長谷川さんの作品は、ジェンダーや生殖をテーマとするものが多いですが、現在の表現活動に影響を与えたSFはありますか。

 振り返ると、やはり広義の「ジェンダーSF」に揺さぶられ続けてきました。好きな作品はたくさんありますが、例えば、グレッグ・イーガンの短編集『祈りの海』に収められている「キューティ」や「繭」はバイオデザインものの傑作で、私自身のテーマとも重なる部分が多いと思います。

「キューティー」は、自分の子どもを持つことを熱望する男性が、テクノロジーの力で自ら妊娠し、人間とも動物ともつかないかわいい赤ちゃんを授かる。「繭」では、母体の悪影響をまったく受けずに健康な胎児を育める「完全な胎盤」が実現した世界で、マイノリティーが静かに排除されていく様子が描かれる。いずれも、人間とは何か、正常とは何か、健康とは何か、という非常に重い問いを突き付けてきます。

ちょっと怖いけど見てみたい、スペキュラティヴな視点による未来社会Photo by Kenji Tanaka

――村田沙耶香さんの『消滅世界』も男性が妊娠する世界が描かれたジェンダーSFの傑作です。未来における価値観の変化を考える上で示唆に富んだものでしたが、一般的には「SF」と認識されていないようです。

 ですよね。女性作家の作品って、内容がSFでもSFとして扱われにくい傾向があると思います。そのせいで読者層が限定されているとしたら残念ですね。

 私はSFを読むときに「新しい価値観で殴られたい」という気持ちが強いのですが、そういう意味では、男性にこそジェンダーSFを読んでほしい。フェミニズムやジェンダーに苦手意識を持つ男性は多いのですが、それは知らず知らずのうちに男性性に縛られているせいかもしれません。そんな思い込みを打破するきっかけになると思うんです。