「商品ありき」の発想からいかに脱するか

――長谷川さんには、三菱総合研究所の未来社会像づくりのプロジェクトのSF思考ワークショップにも作家としてご参加いただきました。参加されて率直なご感想はいかがでしたか?

 楽しかったです。それに、ちょっと自由になれる感覚がありますね。ワークショップ形式で、みんなで作っていると、1人で創作しているときのように煮詰まらないし、「現代美術家・長谷川愛」という看板をちょっと下ろせる感じがあるんです。先ほどの「1人で代表する重さ」にも通じる話ですが、作品に対する責任から少し解放される。共創のよさですね。

 ただ、気になったのは、スペキュラティヴ・デザインは確かに未来像を見せる手段の一つですが、「プロトタイプ」ではないという点です。私はデザインやアートによってギョッとするような価値観を提示したいし、そこから議論を広げたい。それを「プロトタイピング」といってしまうと、みんなが買いたくなる「商品としての未来」に合流させなきゃいけなくなる気がして抵抗があります。SF思考はどちらを目指しているんでしょうか?

――おっしゃっていることは非常によく分かります。そして、少なくとも『SF思考』で提示した方法論は、長谷川さんがおっしゃるスペキュラティヴ・デザインに近い、つまり「ギョッとさせる」ことに主眼があります。衝撃を物語として可視化することで、どう変えるかという議論を誘発したい。スペキュラティヴ・デザインとの違いは、アウトプットを「作品」として完成させることにあまりこだわっていないことです。だからこそ、誰もがチャレンジできる点を大切にしています。

 SFとしての新しさや面白さと、企業がプロダクトにしたくなるアイデアの間には、どうしてもギャップがあるんですよね。アイデアとしては手あかがつくまでこねくり回されて、ようやくビジネスとして実現する。例えば「持ち歩ける情報端末」みたいなツールは、ものすごく昔から夢想されてきましたが、スホマが形になってきたのはせいぜい2000年前後です。しかも初期は夢の道具には程遠くて、そこから20年がかりでようやく「これこれ!」みたいな感じになってきた。

 バイオアートやスペキュラティヴ・デザインでは、誰もが思い付くようなものはつまらないから、盲点をいかに突くかが肝です。しかしアイデアがとっぴであればあるほど、実現までに時間がかかる。SFをビジネスに活用するといっても、5年後、10年後の商品化を目的にされるとSFの良さがかえって生かせないと思うんですよ。

――それは本当に大事な視点だと思います。「技術ありき」「商品ありき」から脱して、「何のために?」「世の中をどう変える?」という未来像にいかにフォーカスしていくか。私たちも、新しい世界観をいかに示すかを考えながらSF思考に取り組んでいきたいと思っています。本日はありがとうございました。