あなたの妄想は、あなたの未来をつくる源。その妄想を、世の中に伝えるビジョンに翻訳するにはSF思考が有効だ――。『SF思考』の帯でそう語るのは、多くの企業に潜在する妄想や物語を掘り起こし、つなぎ直すことでその企業のビジョンに昇華させ、創造的な変革に導いてきた“共創型戦略デザインファーム”BIOTOPE代表の佐宗邦威氏だ。SF思考にも共通する未来創造の方法論について、『SF思考』の編著者・藤本敦也氏が聞く。(構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)
人と組織を変容させる物語のパワー
――個人の妄想やナラティブ(主観的な語り)の力を未来の価値につなげていく。まさに物語から未来を生み出すプロである佐宗さんに、まず、ご自身がどんな作品に影響を受けたかを聞きたいと思います。
今の質問で真っ先に浮かんだのは『風の谷のナウシカ』ですね。核戦争後の汚れた世界に生きる少女の姿……。スペキュレイティブ・フィクションという意味でSFであり、人間はどうあるべきか、という大きな問いが、漫画やアニメという誰にでも分かるフォーマットで表現されていてすごみがあります。人間の営みによって環境破壊が起こり、住めなくなる環境を作っている姿と、粘菌などの生き物との距離感など、あらためてこれからの時代に考えなければいけないポスト人間中心主義の世界へ移行するためのヒントがいっぱいあると思います。
ジブリ関連のインタビューや書籍もかなり読みましたが、宮崎駿さんはかつて全共闘の世代で、理想的な社会を求める理想主義者として活動していた人でした。しかし、ジブリのプロデューサーの鈴木敏夫さんの言葉を借りれば、それに「挫折した」。そして、理想主義者として正義を叫ぶ代わりに、圧倒的なストーリー表現で思想を世の中に届けるようになった――。自分の作品として発表した実質的な第1作がナウシカというのは、本当にすごいことだな、と思います。
――個人的にはどんなインパクトを受けましたか。
映画の初見は小学生の頃ですが、怒り狂った王蟲(おうむ)が群れになって突進してくるシーンで、無力感のような、罪悪感のような感情を強く持ちました。子ども心に、人間ってもしかしてすごく間違ってるんじゃないか……と思ったんですね。一方、ナウシカはそれに1人で立ち向かう正義の人として描かれています。今思えば、まさに人新世における人間の在り方を表していますよね。
僕は、普段企業のビジョンを作る仕事をしているのですが。これからの時代に重要だと思うのは希望の物語を作り、それを世の中に広げていくことです。気候変動をはじめとして、自分たちの社会の未来には悲観的な見方も多いですが、最後まで諦めず、何かを信じてやり続けよう、というナウシカの姿とちょっと重なる部分があると思ったり……って、なんか恥ずかしいなあ、これ(笑)。
――いえいえ、まさに今の佐宗さんの活動につながる原体験ですよね。では、物語の力をビジネスで最初に実感したのはいつでしょうか。
ソニーで「新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)」を立ち上げたときですね。きっかけをくれたのは社内のエンジニアです。彼は「自分の研究が世に出る気がしない。何のためにやってるか分からない」と悩んでいて、彼との対話から「アマチュアバンドが即興演奏をパッと演るみたいに、社員が構想した商品アイデアを世に出す場があれば、会社は変わるんじゃないか」という考えが生まれたのです。
ソニーには、組織として非常に大事な言葉があります。創業者・井深大による「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」という設立趣意です。この言葉がソニーを世界的企業に引き上げたDNAだったのではないかと思います。しかし、そんな「理想工場」感が社内から失われて久しかった。そこで、この言葉にエンジニア個人の思いを接続して「理想工場を取り戻そう!」と訴えたわけです。それが世代を超えて共感され、全社的なムーブメントになりました。そして、いざ新規事業創出の場が実現すると、エンジニアが50人ぐらい集まりました。新しいものをカタチにしたいと思っている人が社内にこんなにいたんだ!と驚くと同時に、物語のパワーを実感しました。