現場には数人の警備員がいたが……

 現場はエレベーター付近のベンチでした。数人の警備員がいましたが、ホームレスを遠巻きにしています。「あの人です」と、最初に通報してきたベテラン清掃員の女性が耳打ちしました。彼女のほかに、近寄ってくる者はいません。私はホームレスに歩み寄ります。

「ふう」

 警備員たちも協力する気はなさそうで、思わずため息が漏れます。しかし、ため息をついているだけでは局面は好転しません。こうしたピンチのとき、いつも私が心掛けているのは「丹田式呼吸法」を用いて落ち着きを取り戻す技術です。

「なんか刃物云々で連絡もらったけど、そんなん困るがな。(刃物)持ってるんか?」

 いきなり怒鳴りつけると、相手は逃げ場を失い、何をしでかすか分かりません。ここでは、あくまでソフトな口調で、相手をパニックにさせないのが肝心です。「あなたと敵対しているわけではない」ということを前面に出しながら交渉するのがミソです。

 相手は素直に刃物を差し出したので、「預かるぞ」と取り上げ、私は世間話を続けます。私の質問に、ホームレスは素直に応じてくれました。“ホームレス狩り”が横行していたので、護身用に包丁を持っていたようです。10分ほどして到着した警察に身柄を引き渡し一件落着となりました。