虚像を虚像として可視化した時代の流れ

 しかしながら、時代はもはや、彼の虚像を虚像として可視化させていくことしか行わなかった。

 小野の事務所には、いわゆる「半グレ」組織に属する若者も出入りしていた。小野が「何か面白い話はないか」と聞くと「中古車・バイクないですか。あれば海外に流してカネになりますよ」と返ってくる。すると、普段そうしているように、携帯電話に登録されている知り合いにひたすら電話をかけた。

 しかし、相手も「わかりました、ちょっと当たってみます」などと前向きな反応こそ見せるものの、結局、具体的な話には一つもつながらない。小野の周辺でそういった「飯の種」を育てる知恵と力がある者は、自ら販売ルートを開拓してカネに結びつけている。小野を仲介する理由などない。それどころか、小野が間に入ることで、むしろ面倒が増えるだけだ。

 同じように、小野の古くからのアウトロー仲間に連れられ、実績ある金融関係者が姿を現したこともあった。そのときも、「トラブルはないか、協力できることはないか」と、どうにか間に入ろうと迫るものの、淡白にあしらわれるのみ。金融の世界で活動すること考えても、金融業の確固たる“実績”を持たないばかりか、しかるべき「経歴」を備えている小野の存在はデメリットでしかない。その人物が帰った後、「コンプライアンスって何だ?」と、会話の中で出てきた単語の一つひとつを事務所の人間に尋ねていた。

彼はなぜ手榴弾を投げたのか

「プロジェクト」の後期になると、「低姿勢」と「勢い」による人心掌握にも限界が見え、すでに「プロジェクトメンバー」の何人かは顔を見せなくなっていた。大衆居酒屋に行くことも減り、代わりに「冬はやっぱりこれでしょ」と、近くのスーパーで買ってきた白菜と豆腐を鍋に入れ、事務所の机の上に置いたカセットコンロで温めた。そして、最後にはいつも「マロニー」と「サトウのごはん」で締めた。

 年末が近づくにつれ、事務所に小野宛の「取り立て」の電話が何度もかかってくるようになった。「おれ宛の電話が来ても取り次ぐな。事務所のこととか『プロジェクト』のこととか、一切話すな」と釘を刺した。事務所を直接訪ねてくる者がいると、「ここは仕事場だぞ!とっとと帰れ!」と、さすがの威圧感で怒鳴り追い返そうとする。

 しかし、客は帰ろうとしない。「今日ばかりはちゃんとお話させてもらわないと帰れません」。すると、「喫茶店行くぞ」と言い残して二人で外に出ていった。

 冒頭の事件の実行日とされるのは、「プロジェクトメンバー」の全てが小野の元を去り、季節が変わった頃。人的被害は発生していない。おそらく、「脅し」が目的だったのだろう。

「彼はなぜ手榴弾を投げたのか」

 結局、その答えはわからず仕舞だ。小野を逮捕した警察署は、「個別の案件については答えられない」という。当たれる限りのルートを当たったものの、小野と古くから付き合いのあった者たちの中には、彼が逮捕されたことを知っている者すらいなかった。「プロジェクトメンバー」も同様だ。

 なぜ、彼は手榴弾を投げたのか。誰もが知りたがり、「カネが回らなくなって、借金を帳消しにしてもらうためにやったんじゃないの」と推測する者すらいた。確かなことは、封印していた「勢い」を見せなければ、もはや生き長らえることは許されないと、小野自身が感じる状況にあったということだけだ。

 まだ幼い子どもを抱える小野が、他の罪状と比しても圧倒的に刑期が長い、「爆発物取締罰則」を知らないまま犯行に至ったのか否かはわからない。「プロジェクトメンバー」が去っていったあの時と同じように、日に日に寒さが増すなか、彼は刑務所で何を思いながら過ごしているのだろうか――。

ついに最終回を迎えることとなった『闇の中の社会学』の次回更新は、12月18日(火)を予定。


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大人気連載「闇の中の社会学」が大幅に加筆され、ついに単行本化!

『漂白される社会』(著 開沼博)

売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウスと貧困ビジネス…社会に蔑まれながら、多くの人々を魅了してもきた「あってはならぬもの」たち。彼らは今、かつての猥雑さを「漂白」され、その色を失いつつある。私たちの日常から見えなくなった、あるいは、見て見ぬふりをしている重い現実が突きつけられる。

 

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『漂白される社会』 目次
はじめに

■序章 「周縁的な存在」の中に見える現代社会
闇の中の社会
現代社会とはいかなる社会なのか
「下世話」な存在の先に眠る契機
「周縁的な存在」と「無縁」
網野善彦に描かれた、かつての「無縁」
形を変えて生き残る現代の〈無縁〉
「無縁」の原理を貫く「周縁的な存在」
現代社会の「旅」の中へ

第一部 空間を超えて存在する「あってはならぬもの」たち

■ 第一章 「売春島」の花火の先にある未来
明治以前から売春を生業とする島
国家成長を支える公然のタブー
存亡の危機を迎える「売春島」
摘発と情報化で加速する島の衰退
「裏」の顔を捨てられない島の現実
原発誘致を巡る島民の葛藤、その選択
かつての遊女は最期の訪れを待つ
陰影にまぎれ去る者たち

■ 第二章 「現代の貧困」に漂うホームレスギャル
マクドナルドで眠る二人のホームレスギャル
池袋の少女たち
「移動キャバクラ」の実態
売春論が迎えている変化の特徴
小学生から薬物に明け暮れたリナ
キャバクラ、そしてホストクラブへの入店
「性」と「カネ」で満たされたマイカの人生
日々の顧客情報はノートで管理
わかりやすさが見落とした「現代の貧困」
夜の世界に頼れない二つの理由
わずかなつながりを頼りに今を生き続ける
「あってはならぬもの」が明らかにする社会の真実
二人のホームレスギャルが映し出す「現代社会のあり様」

第二部 戦後社会が作り上げた幻想の正体

■ 第三章 「新しい共同体」シェアハウスに巣食う商才たち
住民の死に直面したシェアハウス経営者
佐藤がシェアハウスの入居を懇願した理由
遺体の引き取りを拒否した遺族
「夜逃げ後処理屋」が営む巧妙なビジネス
遺品整理業の現場
二度目の「漂白」を迎えた佐藤の死
メディアが描くシェアハウス像への強い疑問
ほどよい“群れ具合"が物件運営のカギ
ネズミ講に求める一攫千金の夢
「オフ会ビジネス」に吸い取られるシェアハウスの住民たち
時代が生んだ「新しい共同体」に商才は群がる

■ 第四章 ヤミ金が救済する「グレー」な生活保護受給者
生活保護受給者となった元会社経営者
バブル崩壊で始まった破滅へのカウントダウン
ヤミ金にハマった松下に、ヤミ金が手を差し伸べる
「生活保護受給マニュアル」による過酷な演技指導
申請前から申請後まで、完備された受給情報
業者が斡旋するマンション、その二つの特徴
「純粋な弱者」への期待が見落とした本質
ヤミ金がもたらす「インフォーマルなセーフティネット」
「純粋な弱者」のみが許容される現代社会
「マイホーム」「幸せな家族」という幻想

第三部 性・ギャンブル・ドラッグに映る「周縁的な存在」

■ 第五章 未成年少女を現金化するスカウトマン
女のコの名前を“ポケモン"で管理するスカウトマン
キレイな街で見落とされる現代の「女衒」
未成年少女という「絶対的な聖域」
管理強化が可視化する売春ビジネス
巧妙に進化する“いかがわしさ"の代替機能
敏腕スカウトマンが語る「ビジネスモデル」の実態
情報化が生み出した新事業「援デリ」
細分化された欲望が生み出す市場のすき間
デリヘルのシステムを「援デリ」に応用
「援デリ」に訪れる環境の変化
「絶対的な聖域」があるための不可視性と希少性

■ 第六章 違法ギャンブルに映る運命の虚構
雑居ビルを彩る会員制の闇バカラ
現代の「貴族」が没頭するバカラの魅力
「持つ者はさらに持つ」象徴
「逸脱した存在」が生み出す新たな価値
闇スロットの「小さな逸脱」が人を魅了する
カネを巻き上げる手法は洗練され続ける
“馴染みやすさ"で浸透する野球賭博
熱中させる「ハンデ」の仕組み
胴元が備える絶対的な資金力
重層的な人脈が可能にする摘発逃れ
社会の隅々に浸透する「ギャンブル的な存在」

■ 第七章 「純白の正義」に不可視化される脱法ドラッグの恐怖
「ドラッグ専門家」に手渡された「脱法ハーブ」
ドラッグ吸引が引き起こした壮絶な体験
「違法」の網から逃れた、「合法」余地が拡大
薬物へのレッテルが和らげる恐怖感
「合法」薬物だから安心という「思い込み」
「ドラッグ初心者」にもたらされた変化
「脱法ドラッグ」十年の歴史
「純白の正義」で引かれた補助線の先にあるもの
売人が語る「脱法ハーブ」ビジネスの実態
社会問題ともされないアディクションのループ

第四部 現代社会に消え行く「暴力の残余」

■ 第八章 右翼の彼が、手榴弾を投げたワケ
マンションの一室に集められた「プロジェクトメンバー」
右翼団体代表がWEBサイトの運営を始めた理由
「仁義」「任侠」「絆」、そして「良心」への期待
似非同和で成り立つ「怪しい」ビジネス
力と知恵を併せ持つ者だけが生き残れる時代
右翼団体代表として迎えた絶頂期
“シャバ"は小野を受けいれる「余裕」を失う
右翼になるまでの人生
時代の変化で可視化された虚像の実態
「勢い」を見せつけた先にあるもの

■ 第九章 新左翼・「過激派」の意外な姿
デモの中の「普通の市民」ではない者たち
街中に佇む「過激派」のアジト
組織が高齢化する当然の理由
縮小を迎える「学生運動」と「労働運動」
「社会を変えたい」と活動に参加した高井
若者はなぜ、「過激派」に参加したのか
今も続く「三里塚闘争」の現場
「三里塚闘争」が残した二つの爪痕
見落とされる「正義」の重層性
六十歳の活動家が語る闘争の現在

第五部 「グローバル化」のなかにある「現代日本の際」

■ 第十章 「偽装結婚」で加速する日本のグローバル化
フィリピンを訪れた「新郎」
戸籍を汚して得る「報酬」の決まり方
厳格化するタレントビザの摘発
「偽装結婚」の摘発が進まない理由
「新郎」が語る摘発の実態
グローバル化は今に始まったことではない
二つの貧困で変わる「家族」と「結婚」

■ 第十一章 「高校サッカー・ブラジル人留学生」の十年後
簡易ベッドで眠るブラジル人
サッカー留学生がたどる複雑な生い立ち
十五歳で急遽来日、両親との再会
孤独な寮生活で溜め込むストレス
高校を中退、アルコールに依存する生活
十代後半から水商売を転々と
周囲を魅了し、裏切り、逃げ続ける
再起を賭けてふたたびサッカーの道へ
法改正で急増した浜松のブラジル人
決して逃れられない「負の呪縛」
故郷ブラジルで見続ける日本での夢

■ 第十二章 「中国エステのママ」の来し方、行く末
「豊かで幸せな生活」を求めて来日したチェ・ホア
働かない父親、貧しい環境で育った幼少時代
大学時代に募る日本文化への憧れ
転職先のアパレル企業で社長の愛人となり貯蓄
念願の来日を果たし、日本語学校に入校
「富士そば」ですすったタヌキそばの思い出
「中国エステ」との出合い
仕事で学んだ日本人サラリーマンの本音
「中国エステ」の実態
「中国エステ」は誰が始めたのか
「オニイサン、マッサージいかがですかー?」
摘発の厳格化で進む「オシャレ化」
就職と事業に失敗し、「中国エステのママ」に
五十万円で店を売却した理由
従業員の性的サービスが招いたトラブル
健全店として生き残るために磨かれる技術
できちゃった結婚と離婚、さらに「偽装結婚」へ
規制強化に翻弄されながらも経営は順調
「豊かで幸せな生活」を求めて「カネの奴隷」に

■ 終章 漂白される社会
変化する日本社会が向かう先
「周縁的な存在」と「あってはならぬもの」の正体
十二の旅で見えてきたもの
「安全や信頼」の再構築が放棄される
もはや「客観的な安全」などない
現代社会への問い、その答えの一つ
漂白される社会

おわりに

主要参考文献
索引