おろす作業をしながら、実は岩渕さんから2回も注意されてしまった。つい癖でおろし金の上を円を描くようにして大根を滑らせてしまうが、大矢製作所のおろし金はその必要はないそうだ。

「目が不均一だから、1ヵ所の面だけがおろされるということはないんです」

一見すると揃っているように見えるが、じつは目が不均一。だからこそ、おろし作業をするときに、おろし金の上で円を描く必要はない

 なるほど機械で立てた目は揃っているので、1ヵ所だけがおろされてしまう(だから腕を回して当たる面を変える必要がある)ところが手作業で仕上げると目が不均一だから、おろす度に様々な面があたり、かえってきれいにおろせるというわけだ。

 一見すると揃っていないのはダメなように思えるが、逆に不均一であることがおろし金にとってはいい──なんだかいろんなことに応用できそうな考え方である。

 そこら辺で売っている製品との違いは、大根や生姜をおろしてみると一目瞭然だ。安価な大量生産品のおろし金は断面を潰しているのにたいして、大矢製作所の製品は細かく切っていく印象がある。そのため出来上がった大根おろしはキメが細かく、細胞が潰れていないから時間を置いてもあまり水が出てこない。

 日本料理は切る文化である、とよく言われるが、おろし金を見ているとなるほどそういうことか、と思う。おろし金は世界最小の刃物の連続体なのである。

「大量生産品のおろし金が出てきたのは戦後からで、それまではみんなこれだった。 天ぷら屋さんなんかはやっぱり銅のおろし金じゃないと駄目って言いますよね。買って使ってくれるところがないと、技術って伸びないんですよ。辞めていった人が多い割におろし金が残ったのは、使ってくれる人がいたからでしょう。でも、関東で残っている店はうちを入れて2軒ですよ。もう1軒の方は個人でやられているから、そこがなくなればここだけになってしまいますね」

寿命は一般家庭で15年から20年!
今日もおろし金は黙々と日本の食卓を支える

 帰りがけ、思わず銅のおろし金を買ってしまった。ここは大事なところだと思うけど、つくっているところを見て、おろしたものを食べると、ちゃんと買いたくなるのだ。

 どうやらそういう人は多いようで、百貨店の実演を見て買った人から「買ってみたらすごく良かったよ」というお礼の手紙が届くこともあるという。丁寧につくられた品物は大事に長く使いたくなる。それに、年末になると積み上げた在庫はきちんとはけている、という。大量生産品が世の中に出回るようになっても、この手仕事のおろし金はきちんと売れ続けているのだ。