重要な政治決定の裏側には、スパイが絡んでいる。かつての国際的な危機や紛争、国家元首の動きもすべてお見通しだった。それは単なる偶然ではない。政治指導者の力でもない。さまざまな情報を分析したスパイたちのおかげだった。イギリスの“スパイの親玉”だったともいえる人物が『イギリス諜報機関の元スパイが教える 最強の知的武装術 ――残酷な時代を乗り切る10のレッスン』を著した。スパイがどのように情報を収集し、分析し、活用しているのか? そのテクニックをかつての実例を深堀りしながら「10のレッスン」として解説している。マネジメントを含めた大所高所の視点を持ち合わせている点も魅力だ。本書から、その一部を特別公開する。

【イギリスの元スパイが説く】<br />スパイはどのように論理的な決断を下すのか?Photo: Adobe Stock

イギリスのスパイマスターは何を語るのか?

【前回からの続き】本書(『イギリス諜報機関の元スパイが教える 最強の知的武装術 ――残酷な時代を乗り切る10のレッスン』)の第1部の4つの[レッスン]はSEES分析について論じる。

[レッスン1]は、いかに状況認識をして、情報源を検証するかについて。[レッスン2]は、原因と事実説明について、さらに「ベイズ推定」と呼ばれる科学的手法によって、新しい情報が現れたときに仮説に対する信頼度がいかに変わるかについて説明する。[レッスン3]は、推定と状況予測のプロセスについて説明する。[レッスン4]は、長期的な視点で戦略的警告を発することによる利点について述べる。

こうしたSEES分析の全4段階から、目の前にあるものを見間違える、何を見ているのかを正しく理解できない、その後に起こりそうなことの判断を誤り、将来がどうなるかを思い描く想像力が働かない、といったエラーを避ける方法が学べる。

第2部の3つの[レッスン]は、どのように頭をスッキリさせ、論理的思考ができるようにするかを示す。

[レッスン5]では、認知の偏りが間違った答えにつながることがわかるだろう(あるいは、まったく答えにつながらないこともある)。こうしたヒューマンエラーが前もって警告されていれば、解釈を大きく誤りそうなことに気づく助けになる。

[レッスン6]では、閉じられたループのなかで起こる陰謀論的な考え方の危険性と、警鐘となるべき証拠が、いかに都合よくごまかされてしまうかを論じる。

[レッスン7]では、私たちの思考を操るための意図的な偽造と捏造について説明する。間違った情報がうのみにされて広まったり、正しい情報であっても悪意をもってさらされて広まったり、嘘の情報が嘘だとわかっていながら効果を狙って拡散されたりすることがある。デジタル情報は加工がしやすいため、問題は以前より深刻になっているのだ。

第3部では、情報を賢く使うための3つの方法について解説する。

[レッスン8]は、私たちの誰もが必要とする他者との交渉についてだ。秘密情報の助けによって政府が交渉すべき人物を理解したり、軍縮や生存のための国際協定を結ぶのに必要な信頼関係を築いたり、不正行為を暴いたりした驚くべき例を紹介する。交渉や対立によって生まれる複雑な相互作用を解明するのに、情報がどれほど役立つかがわかるだろう。

[レッスン9]は、どうやって協力関係を築き、それを長く維持するかについて。アメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドの5ヵ国間で長年にわたり機能している機密情報を共有する枠組み「ファイブアイズ」(5つの目)の例を紹介し、ビジネスや個人の生活に応用できる原則を示す。

[レッスン10]は、デジタル情報は敵意や悪意に利用されやすいことを学ぶ。製品であろうと政治であろうと、私たちは自分の選択に影響をおよぼしている情報だけを楽しむという「エコーチェンバー(共鳴室)現象」(似た者同士がつながり思想が極端化していくこと)に陥りやすい。裏の資金と秘密の世論形成者によるコントロールされた情報源によって、世間の優勢な見方がつくられていることもある。故意にそうしたデマを流したことが明らかになれば、民主主義の手続きと制度に対する信頼が徐々に失われていく。私たちがデジタル技術の食い物にされかねないことを知らせたい。

本書の教えは、すべて民主主義に正統性を与える価値観、すなわち法の支配、寛容さ、公共サービスにおける良識の活用、周囲の世界に対する合理的な説明を求めること、十分な情報にもとづいた自由な選択を守ることにつながる。思惑にまみれた人々から過度な影響を受ければ、私たちの自由意思が損なわれ、社会が徐々に蝕まれる。デマやペテン師の餌食になってはいけない。

本書の最後には、このデジタル世界で、どう安全に生きるかを伝えたい。

デビッド・オマンド(David Omand)
英ケンブリッジ大学を卒業後、国内外の情報収集・暗号解読を担う諜報機関であるイギリスの政府通信本部(GCHQ)に勤務、国防省を経て、GCHQ長官、内務省事務次官を務める。内閣府では事務次官や首相に助言する初代内閣安全保障・情報調整官(日本の内閣危機管理監に相当)、情報機関を監督する合同情報委員会(JIC)の委員・議長の要職を歴任したスパイマスター。『イギリス諜報機関の元スパイが教える 最強の知的武装術 ――残酷な時代を乗り切る10のレッスン』を刊行。