いま様々な企業で、年齢や性別、国籍などを問わず多様な人材を活用して競争力を高めようという動きが目立っている。ダイバーシティ実現に向けた具体的なプランを公表している企業も数多い。
多様性のある職場を実現するには、リーダーによる環境作りが必要不可欠だが、旧式のトップダウン型リーダーシップでは、多様性を認め合う風土は生まれない。
では、多様性を推進していくこれからの時代のリーダーがなすべきこと、そしてリーダーにふさわしい振る舞いとは一体どんなものだろうか?
そこで今回は、ハーバード・ビジネス・レビューEIシリーズ最新刊『人の上に立つということ』の日本版オリジナル解説を著した佐々木常夫氏と、アドビのマーケティング本部バイスプレジデント・秋田夏実氏がリーダーとして大切なことについて語った、本書刊行記念セミナー(ダイヤモンド社「The Salon」主催)の模様を全2回のダイジェストでお届けする。(構成/根本隼)
型にはまらず自己流のリーダーを目指すべき
――「リーダーが大切にすべきこと」は時代とともに変わってきましたか?
秋田夏実(以下、秋田) 私が30歳で当時勤めていた銀行の次長になった際、私のリーダーシップが「ソフトすぎる」と上司から頻繁に指摘され、ものすごく悩みました。いまよりも、もっとトップダウンでマッチョなリーダーシップが求められた時代でしたね。
特に私がよく言われたセリフは「みんなから好かれようと思うな」です(笑)。人間的な温かさよりも力量を誇示して、周りから畏怖されるようなマネジメントをすべきだと忠告されましたが、私は「それは無理だな」とすぐに悟りました。
無理にそれを演じようとしても、自分の性格に合わないため、どこかでひずみが生じてしまいます。ですので、30代の頃は「自分はリーダーに向かないのではないか」といつも思い悩んでいました。
いまでは、インクルーシブリーダーシップやサーバントリーダーシップという言葉が世間に広く普及しましたが、個人的には、人それぞれ自己流のリーダー像を目指せばいいのではないかと思います。
「何のために生きているのか」と自分に問いかける
秋田市生まれ、1963年秋田高校卒。1969年東京大学経済学部卒業後、東レ株式会社に入社。繊維事業企画管理部長、プラスチック企画管理部長、経営企画室長などを経て‘01年東レ取締役、’03年(株)東レ経営研究所社長 ‘10年から(株)佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役。 自閉症の長男を含む3人の子どもの世話と肝臓病とうつ病に罹り40回以上の入院を繰り返す妻の世話に忙殺される状況の中でも仕事への情熱を捨てず、さまざまな事業改革に全力で取り組む。東レ3代の社長に仕えた経験から独特の経営観を持つ。 内閣府男女共同参画会議議員や経団連理事、東京都の男女平等参画審議会の会長、大阪大学法学部客員教授などの公職も歴任。 著書に『ビッグツリー』『そうか、君は課長になったのか。』『働く君に贈る25の言葉』(以上、WAVE出版)、『50歳からの生き方』(海竜社)「リーダーの教養」(ポプラ社)『40歳を過ぎたら、働き方を変えなさい』(文響社)などのベストセラーがあり発行部数は180万部を超える。2011年ビジネス書最優秀著者賞を受賞、「ワーク・ライフ・バランス」のシンボル的存在と言われている。
佐々木常夫(以下、佐々木) 私は、「何のために生きているのか」という問いと向き合って、それを深掘りすることがリーダーへの道につながると考えています。
この問いを突き詰めて考える人は、自然とリーダーになっていきますが、そのあり方はそれぞれ全く異なります。松下幸之助さんと本田宗一郎さんは全然違うリーダーでしたし、私自身も東レで3代の社長に仕えましたが、リーダー像はみんな違いました。
私の場合、「何のために生きているのか」と聞かれたら、誰かもしくは何かに貢献すること、そして自分を成長させていくこと、と答えます。
自分を成長させるには、きっちり仕事をしなきゃいけないし、人から信頼されなきゃいけません。人や組織への貢献も、周囲から尊敬されることにつながっていきます。
なぜそう考えているかというと、それによって自分が幸せになれるからです。幸せになるために、私は仕事を通じて他者に貢献し、自分を成長させようと努力しています。
1on1の重要性が高まっている
――部下のやる気やエンゲージメントを高めるために、上司は何をすべきでしょうか?
秋田 コロナ禍において「1on1」がますます重要になっていると感じます。というのは、コロナ禍では1人ひとりが抱えている悩みや直面している課題がそれぞれ違うため、そういった個別のケースに対してリーダーが傾聴して対応することが不可欠だからです。
例えば、在宅勤務が導入されたことで、家事をしたり子どもの面倒を見たりしながら仕事ができるようになり、個人的には大変助かっています。
一方で、在宅勤務だとなかなか仕事に集中できず、家と離れた場所で仕事がしたいという人もいますし、毎日ひたすらパソコンに向かって仕事をしているうちに曜日感覚が失われて、精神的に追い込まれてしまう人もいます。
ですので、私は自分のチームメンバー全員と、少なくとも四半期に1回は1on1をするつもりでいます。また、自分とダイレクトに仕事をしているメンバーとは、週1回実施します。
相手の話の真意をくみ取る傾聴の姿勢
アドビのマーケティング本部のバイスプレジデントとして、マーケティング、デマンドジェネレーション、調査分析、広報、ブランディングといった日本でのマーケティング及び広報活動を統括。アドビ入社前には、マスターカード日本地区副社長、シティバンク銀行デジタルソリューション部長などを歴任。2017年に金融業界を離れ、常務執行役員としてアドビに入社し、2018年より現職。 東京大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院卒業(MBA)。 趣味は、空手とワイン・ティスティング。NewsPicksプロピッカー。やまなし大使。情報経営イノベーション専門職大学(iU)客員教授。ワインエキスパート。
秋田 1on1では、「今日はこれを話そう」と明確に決めている場合もありますが、アジェンダは事前に決めなくてもいいと考えています。より大事なのは、相手の目線に立って、相手が見ている風景を想像しながら、話の真意をくみ取ることです。
実際にあった例を紹介します。コロナ禍で在宅勤務が始まってから、小さな子どもがいる女性社員数名から、「コアタイム制に縛られて仕事がはかどらない」という意見が出ました。
アドビは以前から、午前10時から午後3時をコアタイムとしていたのですが、2020年の4~6月は保育園や学校が閉まったので、子どもたちが日中も家にいました。そうすると、コアタイムの時間帯が子どもの食事や昼寝の時間と重なるので、仕事が手につかなくなってしまうのです。
そのような女性社員たちの実情を米国本社のトップであるCEOにすぐに伝えたところ、「在宅勤務の場合は、コアタイムに縛られてなくてよい」というメッセージを会社が発信することにつながりました。これは、リーダーが社員の声を傾聴することで、勤務環境の改善に素早く対応できた好例だと考えています。
「リーダーになると大変」は大きな誤解
――若い人や女性が積極的にリーダーに立候補してくれずに困っている人も多いそうです。
佐々木 「リーダーになると大変だ」とみんな誤解しています。例えば、女性の地方公務員が昇格試験をなかなか受けたがらないという話があります。
なぜかというと、男性管理職が長時間労働している様子を周りの女性が見ているから、そう思わせてしまっているんです。
しかし私の場合は、管理職になってからむしろ早く帰れるようになりました。昇進するにつれて経験が豊かになり、能力が高まるから仕事が楽になるんですよ。
また、与えられた仕事で実績を上げることから、人をエンゲージさせることへと仕事の目標が変わります。この目標を達成すると、組織全体の成果が上がるので、非常にやりがいもあります。
秋田 1人で遂行するタスクと比べて、チームで取り組む仕事は規模感が違います。大きな成果が出たときは、チーム全体が盛り上がりますし、喜びもひとしおです。
その成功によってチームメンバーが育って、次のステップに進んでいくのを見届けるのは、リーダーとして幸せな経験です。
女性が活躍できる環境整備が不可欠
佐々木 私は、特に仕事ができる人や環境に恵まれている人には「到来したチャンスをつかみなさい」と進言しています。
私がかつて課長だったとき、職場のある女性が「海外勤務をしたい」と希望を出してきたので理由を聞いたら、「いままでは希望を出しても承認が下りませんでしたが、佐々木さんなら承認してくれると思いました」と話してくれたんです。それで私はその人を、東レで初めての女性海外駐在員に抜擢しました。
たとえ数は少なくても、女性の中からそういう人が出ることで、周囲や世間に自信を与えますから、環境の整備が必要です。 IT業界は例外かもしれませんが、日本は多様性の欠如が深刻です。男性ばかりが役職についている古色蒼然とした会社は山ほどありますから。
(本稿は、『人の上に立つということ』刊行記念セミナーのダイジェスト記事です)