認知科学をベースに「無理なく人を動かす方法」を語った新時代のリーダー論『チームが自然に生まれ変わる』は、マッキンゼーやネスレ、ほぼ日CFOなどを経て、エール株式会社の取締役として活躍する篠田真貴子さんも絶賛する一冊だ。
リモートワーク、残業規制、パワハラ、多様性…リーダーの悩みは尽きない。多くのマネジャーが「従来のリーダーシップでは、もうやっていけない…」と実感しているのではないだろうか。部下を厳しく管理することなく、それでも圧倒的な成果を上げ続けるには、どんな「発想転換」がリーダーに求められているのだろうか? 同書の内容を一部再構成してお届けする。

すごく優秀なのに「がんばって働く意味」がわからなくなった人の話Photo: Adobe Stock

働く意味がわからなくなったリーダーの話
──パーパスの「自分ごと化」の全プロセス

 リーダーにとって大きな仕事の一つは、「組織のパーパス」と「個人のWant to(やりたいこと)」をマッチングし、「パーパスの自分ごと化」を促すことだ。

 これに成功すれば、組織としての統一的な方向づけを失うことなく、各人に圧倒的な行動変容を促していくことができる。

 まず組織のパーパスを確認したら、次に「個人の真のWant to」との“共通項”を見定めていこう。

 組織が目指している未来と、個人が願う未来が完全に一致している必要はないし、そもそもそんなことはまずあり得ない。

 何か1つだけでいいので、「ここに関しては、私の本音と会社の本音が重なっている」と言えるものが見つかりさえすれば、それで十分なのだ。

チームが自然に生まれ変わる

 これについては、具体例に則して見ていくほうがわかりやすいだろう。

 とあるITベンチャーの法人営業部で、製造業担当のマネジャーとして活躍している30代後半の男性の話だ。

 彼は仕事そのものにはやりがいを感じており、実際すばらしい業績をあげ続けてきたが、ここ半年くらいなんとも言えない閉塞感に苛まれていた。

 会社の数字は毎年右肩上がりを続けている。

 最初は頼りなかった部下たちも、少しずつ成長しているようだ。

 これまでどおりやるべきことをやり続ければ、職位も収入もそれなりに上がっていくだろう。

「だけど……それがどうしたと言うんだろう……?」

 外因的な働きかけの効果が薄れてくると、人はこういう想いにとらわれるようになる。

 これまでの自分がなぜあんなにがんばっていたのか、なぜこれからもがんばり続けなければならないのかがわからなくなる。

 こういうときこそ、エフィカシー・ドリブン・リーダーシップの出番だ。

 そこで、彼の内奥にある価値観を探っていくと、その根底には「ものをつくる人たち」へのリスペクトが見えてきた。

 彼の祖父は小さな工場を経営しており、幼いころから現場で奮闘する祖父の姿を見てきたからこそ、製造業が「斜陽産業」などと言われている現状にずっとフラストレーションを感じていたのだ。

 ものづくりに携わる人たちをサポートし、彼らに誇りを取り戻してもらうこと──それが彼の根底にある真のWant toらしかった。

 自分でも意識していなかったが、彼はそうしたバックグラウンドを持ちながら、たまたまメーカーの担当営業を任されていたのだ。

 一方、彼が所属するITベンチャーは、「DX(Digital Transformation)で日本企業を進化させること」をパーパスとして掲げていた。

 もちろん、同社の顧客は製造業者だけではないので、会社としてのパーパスは、彼自身のWant toと完全に一致しているわけではない。

 しかし、両者がまったく相容れないかというと、そうではない。

 製造業がDXに成功すれば、時代の流れに飲み込まれて沈下するのを避け、さらなる成長を続けられる。

 彼が自社製品のセールスを通じて、クライアントである製造業の復活を後押しすれば、それはやがて「ものづくりに携わる人たちの誇り」にもつながるだろう。

 まさにこの点において、組織のパーパスと彼のWant toは交差しているのだ。

 こうして彼は、「DXを通じてものづくりに携わる人たちの誇りを取り戻す」を自身のゴールとして設定することになった。

 これは会社が望む未来であると同時に、彼自身が心から望む未来でもある。

 ここで語られているのは、単なる妄想や憧れではない。

 彼はすでにこのゴール世界に臨場感を抱きはじめており、「ものをつくる人たちがリスペクトされている世界」こそが彼の内部モデルにとっての「現実」になりつつある。

 要するに「見える風景」がガラリと様変わりしているのだ。

 そんな未来に対し、「実現できる/できる気しかしない」という高いセルフ・エフィカシー(自己効力感)を獲得した彼は、この先も熱量を失わずに働き続けることができるだろう。

 いかがだろうか? 以上が「パーパスの自分ごと化」の全体像だ。

 組織のパーパスと個人のWant toをマッチングすれば、組織としての統一的な方向づけを失うことなく、各人に圧倒的な行動変容を促していける。

 チーム内のメンバーそれぞれに対して、このような「自分ごと化」をサポートしていくのがリーダーの仕事だ。

 それさえやってしまえば、あとはやることはないと言ってもいい。

 各メンバーはそれぞれの「熱源」を己の内に持ったまま、パーパスの実現に向けて各々の行動を起こすようになる。

 しかし、まず「自分ごと化」を試みるべきなのは、リーダー自身だ。

 リーダーが自分のWant toと組織のパーパスとの折り合いを見出せていなければ、チーム内で「パーパスの自分ごと化」を進めることはできない。

 リーダーの立場にある人は、いま一度、自分の根本的な欲望と、組織の根本的な欲望との「共通点」を探ってみてほしい。