働き方改革やハラスメント防止、多様性の推進など、リーダーが解決すべきタスクは山積みだ。そのような難問をクリアしつつも、チームの士気を高めて成果を出すために、リーダーに求められることとは何だろうか?
リーダーとして迷いが生じたときに役立つのが、グローバル企業・ブリヂストンで社長を務めた荒川詔四氏の著書『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)だ。
本書では、世界を舞台に活躍した荒川氏が、コンプレックスと捉えられがちな「繊細さ」や「小心さ」を、むしろリーダーが大事にすべき「武器」として肯定している。多くの人を勇気づける内容に、SNSでは「最も心に刺さったビジネス書」「悩んでいることの答えがここにあった」と共感の声が多数寄せられている。
本稿では本書より一部を抜粋・編集し、面倒見のいい上司が実は部下の成長を妨げてしまう理由について説明する。(構成/根本隼)

「面倒見のいい上司」が実は部下を潰してしまう驚きの理由Photo;Adobe Stock

リーダーは自分の仕事の主導権を手放してはならない

 オーナーシップ――。これも、リーダーシップの基本を成す重要な概念です。

 オーナーシップ(ownership)とは、本来「持ち主であること、所有権」という意味をもつ言葉ですが、ここでは、「自分が担当する仕事に対する所有権をしっかり握って離さないこと」という意味で使っています。

 つまり、自分の所有物なのだから、どこまでも主体性をもって仕事をやり抜くということ。自分の仕事を自分の手中に収めること、あるいは自分の仕事の主導権を手放さないことと言ってもいいでしょう。

「自分の意見」を殺すのは担当者失格

 もちろん、「仕事の主導権は手放さない」というのは、「独りよがりでよい」ということとはまったく異なります。

 そもそも、会社において担当する仕事はすべて組織的な意思決定のもとに進める必要がありますから、担当者個人の意思だけで進められるわけがありません。適時的確に上司に報告・連絡・相談をするとともに、同僚や関係部署の考えも汲み取りながら、組織的な対応に万全を期す必要があります。

 ただし、ここで勘違いをする人が多い。組織的に対応するためには、「自分の意思」「自分の意見」を殺さなければならないと考える。「上司に指示されたから」「上司にダメ出しされたから」「関係部署がいい顔をしないから」などと“言い訳”をして、自らの頭で考え抜くことを放棄してしまうのです。

 たしかに、「自分の意思」を殺せば、その場その場で軋轢を生みだすことは少なくなるでしょうが、それでは「担当者」とは言えません。「自分の意思」「自分の意見」を軸に、最適な施策を実現するために組織に適切なアプローチをするのが、オーナーシップをもつ本来の「担当者」の仕事なのです。

上司のおかげでオーナーシップが芽生えた

 とはいえ、私もはじめからオーナーシップをもっていたわけではありません。

 私が、オーナーシップの重要性を初めて意識したのは、タイ・ブリヂストンで在庫管理がうまくいかず、上司に泣きついたときです。いわば、あのとき私は、「この仕事は手に負えない。なんとかしてください」とオーナーシップを手放そうとしていた。

 しかし、上司は「それはお前の問題だろう」と突き放した。つまり、「その仕事の所有権はお前にある」と、私につきつけたわけです。

 当時、私は「仕事は会社に与えられるもの」であり「やらされるもの」だと思っていましたから、「いくら忙しいとはいえ、上司として無責任ではないか」と反発を覚えたものです。冷酷だとすら思った。しかし、いまは違います。意図したかどうかは不明ですが、その上司に非常によい「指導」をしていただいたと思っています。

 あのとき、上司が助け船を出してくれていたら、私はどうなっていたでしょうか?たしかに、現場の混乱は簡単に収束したかもしれない。しかし、それは上司の力であって、私の力ではありません。

 そこには、自らの力でなんとかすることによって得られるはずの「成長」もなければ、困難を乗り越えた「達成感」もない。そして、自分は問題を解決することができるという「自信」も育たないのです。

「面倒見のいい上司」が部下の成長を阻害する可能性も

 その意味で、「面倒見のいい上司」が必ずしも、部下のためになるわけではないと言うこともできるでしょう。

 もちろん、上司は部下の仕事に対して責任がありますから、いざというときにはカバーする必要がありますし、部下が精神的に折れないように十分に配慮しなければなりません。

 しかし、部下がちょっと困ったら、すぐにしゃしゃり出て「助け船」を出すのは弊害も大きい。部下のオーナーシップを損ねてしまうからです。「過保護」の上司は、部下を殺してしまいかねないのです。

上司は助け船を出す一線を熟慮すべし

 難しいのは、上司が助け船を出す一線をどこに引くかです。これは、部下のメンタルの強弱、実力の有無、置かれている状況によって異なりますから、まさにケースバイケース。繊細な目で状況を観察しながら、「部下を守る」という使命と、「オーナーシップを育てる」という使命を、どこでバランスさせるかを考えるほかないでしょう。

 ただ、部下の苦境を見て見ぬふりをするのは論外ですが、ときには、部下の限界を少し超えるくらいの負荷がかかっている状況において、「助けてやりたい」という思いを我慢する勇気は必要です。それが部下のオーナーシップを鍛え、優れたリーダーを育てることに繋がるからです。

(本稿は、『優れたリーダーはみな小心者である。』から一部を抜粋・編集したものです)