あらゆる人よ、芸術家たれ!理想郷を幻視したビジョナリー ――宮沢賢治Photo:khorkins / Shutterstock

宮沢賢治といえば、知らない人はいない、といっても過言ではない国民的作家の一人だ。『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』といった童話、あるいは『雨ニモマケズ』『永訣の朝』といった詩に、教科書で触れたという人も多いだろう。実は彼こそがSFプロトタイピングの偉大な実践者だった――。『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』の編著者・宮本道人氏が、ビジネスに影響を与えたSF作家とその作品を紹介する本シリーズ。第7回では、傑出したSFプロトタイパーとしての宮沢賢治の顔に迫る。(構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)

ビジネスパーソンとしての宮沢賢治

 宮沢賢治は日本における先駆的なSF作家だ。

 そう断言すると違和感を持つ読者もいるかもしれないが、例えば代表作の『銀河鉄道の夜』は宇宙旅行をモチーフにしたゴリゴリのSFだ。また、『よだかの星』『貝の火』『セロ弾きのゴーシュ』といった童話には、単にレトリックとして擬人化したというには、あまりに複雑な知性を持つ動物たちが多数登場する。これらを「架空の生物が存在する異世界を舞台にしたSF」と見ることもできるだろう。さらに、宮沢賢治の物語世界は、ファンタジックな響きを持つ非実在の地名、人名、形容詞といった造語の宝庫であり、こうした特色も非常にSF的だ。

 宮沢賢治が生きた大正〜昭和初期、まだSFというジャンルは日本に定着していないし、特定ジャンルの作家である前に、日本を代表する国民的作家であることは言うまでもない。だが、筆者はあえて宮沢賢治をSF作家と呼びたい。それは、彼の作品が上記のようにSF的であること以上に、彼の活動、彼の人生が、筆者らが『SF思考』で提案したSFプロトタイピングの高度な実践に他ならないからだ。そう、彼は極めて優れたSFプロトタイパーなのだ。

 その人物像に迫るには、「作家」以外の側面を見る必要がある。事実、彼は生涯を通じて作家としてほぼ無名であり、生前に出版した作品は、『春と修羅』と『注文の多い料理店』だけ。しかも前者は自費出版である。世間的には、ほぼ作家として知られることなく死んでいったのだ。生前の彼は、作家というより、真面目な一人のビジネスパーソンだった。そして、だからこそ優れたSFプロトタイパーであり得たのだ。