SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』の編著者・宮本道人氏が、ビジネスに大きな影響を与えたSF作家とその作品を紹介していく本シリーズ。第5回では、星新一、筒井康隆と並ぶ「SF御三家」の一人に数えられる小松左京を取り上げる。フィクションに現実をがっちりと接続した上で、現実が内包する課題を直視してリアリティーのある未来像を提示し続けた彼は「最初にして最大のSFプロトタイパー」なのだ。(構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)

『日本沈没』というポリティカルフィクション

 小松左京は、日本最初にして最大のSFプロトタイパーである――というのが筆者の持論だ。というより、日本SF界にさんぜんと輝く巨星・小松左京の精力的な活動を横断的に眺めると、その概念すらなかった頃から「SFプロトタイピング」を実践していた、と考えるのが最もしっくりくる。

 彼のSFの持ち味の一つは、大災害のような危機的な状況における社会や政治の動きを詳細に描いた「ポリティカルフィクション」性にある。今まさにテレビドラマ化されている『日本沈没』(1973年)が良い例で、日本列島が沈没してしまうという現象そのものはすぐには起こり得ないかもしれないが、「国家的危機に直面したとき、政治家や科学者がどう動くか」を描き切り、多様な立場の人間が入り乱れる社会のダイナミズムをくっきりと浮かび上がらせたという点で圧倒的な迫力がある。こうした作品は「パニック映画」的なジャンルに区分されやすいこともあり、一市民がいかにサバイブするかにフォーカスが当たりがちな中、小松作品は視点の高さも、視野の広さも突出しているのだ。

 同作は、出版されるや否やベストセラーとなり、直後の映画化と相まって社会現象を引き起こした。政治家や官僚にも愛読されたようで、小松自身による半生記『SF魂』(2006年)には、時の首相・田中角栄から直接声を掛けられたり、全ての政党の機関紙からインタビューや党首対談を依頼されたりといったエピソードがつづられている。

『日本沈没』は、完成までに9年もの歳月を要した大作だ。といってもこの間、小松は執筆に専念していたわけではない。各界の知識人と共に自主的に「万国博を考える会」を立ち上げ、やがて公式に大阪万博(EXPO’70)の準備に深く関わり、基本理念作りから展示の企画まで八面六臂の活躍で万博の実現に尽力している。国家的な巨大プロジェクトを形にするために、思惑を異にする政治家や役人、クリエーター、学者、経営者、市民といった多様な立場の人々との折衝と調整を繰り返す、まさに「共創」の経験が、『日本沈没』のリアリティーを支えているのだ。現実を土台にしつつ、壮大なスケールで未来社会を精緻に描く――。実に見事なSFプロトタイパーぶりといえよう。