技術を身につけたエンジニアの居場所を作る

 2018年4月、大橋は完全にクラウドから離れた。テックイン(Tech-in)、テックオン(Tech-on)という社内エンジニアコミュニティの立ち上げに専念するためだった。だが、このDevRel(デベロッパーリレーションズ)活動が、大橋に前へ進む勇気を与えることになる。

 それまでのKDDIは、大橋のようなエンジニアが輝きにくい職場だった。まず、エンジニア同士が交流し、知見を共有できるような場がなかった。エンジニアのスキルアップには一人でコツコツ勉強することも不可欠だ。しかし大橋は、4年間のクラウド推進活動の中で、社外のクラウドコミュニティにも頻繁に顔を出し、エンジニア同士のゆるいつながりこそが、技術力や技術感度を高めると肌で感じていた。「存在しないのなら作ってしまえばいい」。

 時を同じくして、KDDIに専門性の高い人材の育成と活用を目的としたエキスパート制度が立ち上がった。

「KDDIに限らずこういう会社は多いと思いますが、エンジニアには管理職になる以外のキャリアパスがありませんでした。だから、技術を身につけたエンジニアは活躍の場を求めて転職してしまう。今までなら、社内にエンジニアがいなくてもパートナーに依頼すればそれでよかった。でも、アジリティの高いサービス実現のために内製化を進めるのなら、社内に専門知識を持ったエンジニアの存在は絶対不可欠です」

 大橋は、このエキスパート制度ができなければ、KDDIを辞めていたかもしれない、と振り返る。

「正直悩んでいました。既存の人事制度のままだったら、仮にKDDIに居続けたとしても“ただの技術好きの部長さん”とかになるしか道がなかった。もちろんピープルマネジメントは重要です。でも、あらためて思い返してみたんです。自分はそういうのがやりたかったんだっけ? 会社を変え、文化を変え、日本を変える、そのために技術を磨いてきたのではなかったか、と」

 KDDIにいても技術を極めていける――悩みながらも立ち止まらずに続けたDevRel活動とエキスパートとしての昇進、その両方から道筋が照らされたとき、大橋は再び熱を取り戻した。