佃・小林コンビと昭夫による
余りに鮮やかな宏之解任劇

 宏之を追放するクーデターには2つの‟山場”が控えていた。副会長取締役をクビにするには、取締役会で副会長職を剥奪する「解職」と、株主総会で取締役を「解任」する2つの手続きが必要になるからだ。1つ目の舞台は、クリスマスが明けた14年12月26日のロッテHDの取締役会、2つ目は年明けの15年1月8日のロッテHDの臨時株主総会だった。

 まず12月26日の取締役会。この日は、これまでロッテHDの取締役会にはほとんど参加していなかった昭夫が電話で参加した。主役の登場といったところだろうか。実際の取締役会で、どのようなやり取りがあったのか。録音記録から主要な部分を振り返ってみよう(太字筆者)。

 それでは株式会社ロッテホールディングスの取締役会をこれから開催いたします。平成26年12月22日の取締役会において、宏之副会長が当社グループ役員を辞任しない場合には解任いたすという決議をいたしましたが、宏之副会長におかれましては、辞任なさいますでしょうか。

宏之 いたしません。

 辞任されませんか。

宏之 しません。

 はい。それでは、辞任の意思はないと伺いましたので、平成26年12月22日の取締役会に基づき、役員の解任を行うための必要な手続きに入る採決に入ります。それでは、宏之副会長の当社副会長解任の件について、議案として提案したいと思います。ロッテサービスの代表取締役として実行したプーリカに対する支払い方法などが不適切であり、その他ロッテグループの役員としての職務についても不適切な点があるため、宏之副会長を副会長職から解任すべきであると考えます。この議案に賛成の方は挙手をお願いします。

宏之 これは別の会社のことですから、この会社とは関係ないと思いますので、理由に当たらないと思いますが。

 いや、これはグループ全体を論じるに値します。ということでございます。
 (この後も同じように確認の押し問答が続いた後、議案についての決議に入る)

 昭夫副会長、いかがでしょうか。

昭夫 賛成させていただきます。大変心苦しいんですけれども、会長の命、ご下命でもありますので、賛成させていただきます。

 はい。そうしますと、ここにおられる4名と、それから昭夫副会長お1人、計5名賛成と。こういうことで確認させていただきます。よろしゅうございますね。賛成多数で、宏之副会長を、当社副会長職から解職する決議は可決されました。

 あまりにあっけなく宏之の解職が決議された。弟の昭夫もまるで佃や小林と口裏を合わせたかのように、会長の‟天の声”を理由に兄の解職議案に賛成した。これに続き、宏之を取締役から解任するための臨時株主総会の招集議案と、宏之をグループ子会社の取締役から解任する株主決議が行われた。

 当社としてお手元にある提案書兼同意書(筆者注・宏之をグループ子会社役員から解任し、代わりに佃が就任する経営権奪取のための提案である)をもっていずれも賛成の議決権を行使することを提案いたします。この議案に賛成の方は挙手をお願いいたしたいと思います。いかがでしょうか。

宏之 理由を説明していただけますでしょうか。

 (中略)宏之副会長がロッテサービスの代表取締役として実行したプーリカですね。これに対する支払い方法、これが不適切である。その他ロッテグループの社員としての、失礼しました、役員としての職務についても不適切な点があると考えております。また総括会長が今年の12月17日に宏之副会長のすべての職を解くということを伝えられたと聞き及んでおりました。その件で総括会長が、日本ロッテの幹部役員に対して12月19日にソウルで直接伝えたいということで、幹部役員5名が出席いたし、職を解くということで間違いないご報告を総括会長から受けました。以上の経緯を含めて、当社の取締役のうち宏之副会長以外の取締役は、宏之副会長に辞任いただくのが妥当であると考えて、12月22日月曜日に副会長に辞任を求める決議を取締役会でいたしました。

宏之 プーリカが関係する投資は取締役会で承認を受けております。問題ないと思います。

 今申し上げました通り……。

小林 ちょっと待ちなさい。その、今の議論は内容についてはプーリカに関しては一言申し上げれば、監査役から取締役会で報告があったと。そういう事実をもって、一言で言えば執行プロセスの問題である、と。数々の証拠がすでに、提示されたわけですね。それはもう、そのことよりも、今ここで、議長の提案については、そもそも副会長の職をすでに解任されましたので、それに伴う、基本的には、措置だと、こういうことだと私はよろしいかと思います。いかがでしょうか。採決をお願いします。

 ということで、採決に入らせていただきます。それでは、この議案に賛成の方は挙手をお願いいたします。はい。こちら、出席4名役員全員が、賛成でございます。昭夫副会長、いかがでしょうか。

昭夫 はい、賛成いたします。

 何度もリハーサルを重ねたかのような見事な解任劇だった。佃、小林、昭夫の3人の息の合った掛け合いは熟練芸人の名人芸を見るようだ。なお、3人は裁判で一貫して共謀の事実を否定している。

 そもそも副会長の解職は、取締役会の「定足数」(議決に参加できる取締役の過半数)を満たす出席者の過半数の賛成で行える。解職対象となる宏之は議決に参加できないので、取締役が8人のロッテHDでは、4人が出席して、うち3人の賛成で十分なので、昭夫の参加により、佃と小林以外の取締役が万が一反対しても解職を議決できる態勢ができていたというわけである。昭夫が久しぶりに取締役会に出席したのは、なんとしても兄の解職を果たすためのダメ押しだったのではないだろうか。

 2つ目の‟山場”である年明けの臨時株主総会における宏之のロッテHD取締役解任も3人は難なくクリアしてしまう。結論を先に言えば、3人はロッテHDの大株主であるロッテグループ従業員持株会(議決権ベースで31.06%)、ロッテグループ役員持株会(同6.67%)などを掌握することで、ロッテHDの筆頭株主である「光潤社」(同31.49%・重光家の資産管理会社で宏之が株の50%を所有していた)を打ち負かし、宏之の解任を議決してしまうのである。武雄が30年以上かけて行ってきた、日韓をまたぐロッテグループの出資関係のねじれ解消や、事業継承のための資本再構成については、章を改めて詳しく説明するが、武雄の築いた鉄壁の資本防衛策が内部からの攻撃で崩壊してしまったのである。

 武雄が騙されて激怒してから、宏之のロッテグループ追放までわずか3週間。世間がイメージするような突発的な兄弟の衝突などではなく、綿密なシナリオなしでは不可能な手際の良さだ。蜘蛛の巣のように張りめぐらされた巧妙な仕掛けは宏之を絡め取り、次なる標的は武雄となっていく。その詳細は、次回以降に紹介する。

<本文中敬称略>