「顧客体験からスタート」アマゾンのように日本企業もこだわれるかPhoto: Adobe Stock

アマゾンの経営中枢でCEOジェフ・ベゾスを支えてきた人物が、アマゾンの「経営・仕組み・働き方」について公開した初めての本『アマゾンの最強の働き方──Working Backwards』が刊行された。
同書では、アマゾンで「ジェフの影」と呼ばれるCEO付きの参謀を務めたコリン・ブライアーと、バイスプレジデント、ディレクター等を長年担ったビル・カーが、「アマゾンの働き方を個人や企業が導入する方法」を解き明かしている。
そこで、
同書を監訳したCustomerPerspective代表取締役、紣川謙(かせがわ・けん)氏と担当編集の三浦岳氏に話を聞いた。紣川氏は元アマゾンジャパンで、バイスプレジデントとしてコンシューマー・マーケティング統括本部長、プライム統括事業本部長を歴任、同書のカギとなる「ワーキング・バックワーズ」の考え方・取り組みを推進した。同書の魅力について詳しくうかがった。(取材・構成:イイダテツヤ)

「ワーキング・バックワーズ」という仕組み

――『アマゾンの最強の働き方』では、「ワーキング・バックワーズ」というプロセスが中心テーマとして取り上げられています。直訳すると「逆向きに取り組む」といった意味かと思いますが、これはどういうものでしょうか?

三浦岳(以下、三浦)『アマゾンの最強の働き方』によると、アマゾンでは新商品や新サービスなどの提案はすべて「理想的な顧客体験を考えることから始める」ということが決まっていて、この考え方をワーキング・バックワーズと呼んでいます。

 具体的な仕組みでいうと、社内の提案段階で、すでに完成品があるかのような形で、プレスリリースとFAQ(社内外向けのよくある質問とそれへの回答)を書くことになっています。

 最初の企画提案の段階から、そのプレスリリースに対して、内容が具体的でないとか、表現が明確でない、この予算はどうなっているのかなどの厳しいフィードバックがなされて、細部を厳しく詰めていく様子が本書では描かれています。

 まだ何もない段階からそこまでしっかり議論するとはすごいな……と思いました。

「顧客」を起点にすべてを考える

紣川謙(以下、紣川):日本の企業は伝統的に技術力が強く、「この技術を商品化して売るためにはどうしたらよいか」と考えることが多いのではないでしょうか。技術や商品からスタートして、お客様がどうしたら買ってくれるかという順番で考えます。

 ワーキング・バックワーズは考え方の順番が逆で、「お客様の体験」からスタートします。

 アマゾンの企業理念は「地球上で最もお客様を大切にする企業になること」です。ワーキング・バックワーズはこの企業理念を、商品・サービス開発の「思考の枠組み」にうまく落とし込んでいます。

──お客様からスタートするという考え方には共感できます。ただしそれを実践するのは簡単ではないように思いますがいかがでしょうか。

紣川:おっしゃるとおり、実践するのはじつはとても難しいのです。

 実践が難しい理由のひとつは、お客様が求めているものがわからないことが多いからです。

 よくある例え話を使うと、スマートフォンが存在しなかったとき、お客様に「どんな電話がほしいですか?」と聞いても、いまあるようなスマートフォンがほしいと答える人はいなかったでしょう。

 お客様が本当に求めるものは、アンケートなどで聞いても簡単に出てくるものではありません。

──日本の企業でワーキング・バックワーズを生かすには、どうすればよいでしょうか?

紣川:理想とする顧客体験からスタートする方法は、多くの企業で生かせる普遍的なものだと思います。そのためには、お客様の声に耳を傾け、その奥深いところにどんな課題やニーズがあるのか、インサイト(洞察)を得ることが必要です。

 課題やニーズを深掘りし、それを解決策や提供価値につなげるには、自分の頭でしっかりと考えることが必要です。そこで思考の枠組みが大切になるわけです。ワーキング・バックワーズの枠組みは日本の企業にも大いに参考になるのではないでしょうか。

――「理想の顧客体験」のイメージを最初に具体化すると、議論が明確になりそうです。

紣川:まさにその通りだと思います。『アマゾンの最強の働き方』では「スマート宅配ボックス」という仮想の商品を題材に、社内に提案するためのプレスリリースとFAQが紹介されているので、読者のみなさまにも具体的なイメージがわきやすいはずです。

「理念」に徹底的にこだわる

――『アマゾンの最強の働き方』にはさまざまなアマゾンの仕組みが紹介されていますが、この本をどんなふうに活用してもらいたいと紣川さんは思っていますか。

紣川:本では資料作成や行動規範、採用法など、ワーキング・バックワーズ以外にもさまざまな仕組みが紹介されています。しかし私は、ただ仕組みだけを単純に取り入れようとしても、うまくはいかないと思っています。

 アマゾンの仕組みは「地球上で最もお客様を大切にする企業になること」という理念に徹底的にこだわり、実現するために考え抜かれたものです。

 前提として、社員も顧客も共感できる企業理念があります。理念が明確でない企業は、そこに立ち返ることに価値があると考えます。

 ウェブサイトのどこかに書いてあるというだけでは不十分です。企業の未来の理想像を示し、社員が心の底から「この企業で働きたい」と思えるような理念。誰が読んでもわかりやすく、ワクワクするようなものであれば、社員もお客様もついてきます。そういう理念を企業がつくり、発信することが大事です。

 そのうえで、そんな理念を徹底し、実現するための助けになるのが仕組みです。

 お客様からスタートしてさかのぼり、革新的なサービスや事業をつくりあげていくには何度も失敗して、試行錯誤を繰り返していくことになります。その過程において、本書はとても役に立つはずです。

 本書には、アマゾンの仕組みを参考にし、応用するための具体的なアドバイスが随所にちりばめられています。本書を参考にして、それぞれの企業、組織に見合った仕組みを考えていただきたいです。本書の読者が活躍する企業から、将来世界が驚くような革新的なサービスや事業が生まれることを楽しみにしています。

【大好評連載】
第1回 アマゾンの「パワポ禁止」は日本企業でも有効なのか
第2回「全員がリーダー」アマゾンのように社員は行動できるか
第3回 アマゾンのように優秀人材を採用する「仕組み」をどうつくるか
第4回「顧客体験からスタート」アマゾンのように日本企業もこだわれるか

「顧客体験からスタート」アマゾンのように日本企業もこだわれるか紣川謙(かせがわ・けん)
デジタル戦略・マーケティングコンサルタント。株式会社CustomerPerspective代表取締役。武蔵野大学データサイエンス学部客員教授。2007年から11年間アマゾンジャパンに在籍、経営メンバーを務める。バイスプレジデントとしてコンシューマー・マーケティング統括本部長、プライム統括事業本部長を歴任。同時にカスタマー・エクスペリエンス・バーレイザーの日本のリーダーとして、ワーキング・バックワーズの取組みを推進。
「顧客体験からスタート」アマゾンのように日本企業もこだわれるか