アマゾンの経営中枢でCEOジェフ・ベゾスを支えてきた人物が、アマゾンの「経営・仕組み・働き方」について公開した初めての本『アマゾンの最強の働き方──Working Backwards』が刊行された。
同書では、アマゾンで「ジェフの影」と呼ばれるCEO付きの参謀を務めたコリン・ブライアーと、バイスプレジデント、ディレクター等を長年担ったビル・カーが、「アマゾンの働き方を個人や企業が導入する方法」を解き明かしている。
そこで、同書を監訳したCustomerPerspective代表取締役、紣川謙(かせがわ・けん)氏と担当編集の三浦岳氏に話を聞いた。紣川氏は元アマゾンジャパンで、バイスプレジデントとしてコンシューマー・マーケティング統括本部長、プライム統括事業本部長を歴任、同書のカギとなる「ワーキング・バックワーズ」の考え方・取り組みを推進した。今回は同書で書かれている「アマゾン社員の14の行動規範」を取り上げる。(取材・構成:イイダテツヤ)
「全員がリーダー」という考え方
──『アマゾンの最強の働き方』では、「リーダーシップ・プリンシプル」として、アマゾン社員の14ヵ条の行動規範について詳しく書かれています。そもそもリーダーシップ・プリンシプルとは、どういうものでしょうか?
三浦岳(以下、三浦):これは「リーダーはこのような行動が期待されている」ということを明確に表したもので、アマゾンの公式サイトにも掲載されています。
2. オーナーシップ(Ownership)
3. 創造し、シンプルにする(Invent and Simplify)
4. 正しい判断を多くできる(Are Right, A Lot)
5. 学び、好奇心を持つ(Learn and Be Curious)
6. 最高の人材を採用し、育成する(Hire and Develop the Best)
7. 最高水準を追求する(Insist on the Highest Standards)
8. 広い視野で大きな発想をする(Think Big)
9. 迅速に行動する(Bias for Action)
10. 倹約(Frugality)
11. 信頼を獲得する(Earn Trust)
12. 深掘りする(Dive Deep)
13. 信念を持つ:異議を唱えかつ決定にコミットする(Have Backbone; Disagree and Commit)
14. 結果を出す(Deliver Results)
(『アマゾンの最強の働き方』より)
紣川謙(以下、紣川):公式サイトでは、各規範の上にまず、「アマゾンでは、全員がリーダーです」と書かれています。多くの人がここを見過ごしてしまうのですが、本書の読者に参考になる、非常に重要な部分だと私は思っています。
というのも、多くの企業で「リーダー」と言うと、肩書きや役割を指すことが多いと思います。部長、課長、支店長など「○○長」と名のつく人たちです。「○○長」に判断を仰ぎ、その他の人はそれに従う。そんな場面もよく見かけます。
ですが、社員全員がリーダーという意識を持ち、それぞれが行動規範に照らして自主的に判断をすることができれば企業は強くなります。
──企業が行動規範をつくるという考え方は、アマゾン独特のものなのでしょうか?
紣川:リーダーシップ・プリンシプルというのはアマゾンの呼び方ですが、こういった行動規範自体は、アメリカの企業ではよく見ますね。私が一緒にお仕事をしている複数の日本企業もお持ちです。行動規範の呼び方は各社異なります。規範ですから「あるべき姿はこうだ」と示すものです。
どういう行動が期待されているかを書くことによって、初めてみんなそれを目指すことができます。明示し、共有するのです。目に見えるようにすることで、社員の目線を揃えられる。
「社員としてこういう行動が期待されている」ということを明文化して伝えるのはとても重要なことだと思います。
「ルール」や「規則」ではない
──ルールや規則というより、判断軸のようなものなんですね。
紣川:はい。実際、『アマゾンの最強の働き方』を監訳するとき、この部分の訳し方を担当編集の三浦さんともたっぷり議論しました。
三浦さんは「プリンシプル」を日本語にしたほうが伝わりやすいというお考えでした。プリンシプルを日本語に訳そうとすると、「原則」などとしたくなります。でも、「則」の字を使うと、やはり「ルール」や「規則」を想起してしまう。なので、この言葉はやめましょうということになりました。
行動規範には正解は書いていません。大切な判断軸ではあるけれど、「これをしなさい」「これはダメ」というものではないのです。
無条件に従うのではなく、一人一人が自分の中に落とし込んで、自ら物事を判断し、行動していかなければなりません。
ルールに従うのではなく、主体的に考える
──自分で考えることが重要だということですね。
紣川:その通りです。現実の場面では、行動規範同士で「こちらを立てれば、あちらが立たず」の矛盾が起こってくることもあります。
リーダーシップ・プリンシプルを例に取ると、
・迅速に行動する(Bias for Action)
・深堀りする(Dive Deep)
という項目があります。これは状況によってはどちらかを取れば、どちらかが取れないこともあるはずです。
そんなとき、場面場面の最終判断は、「リーダー」である個々の社員に委ねられます。ですからルールではないのです。
──「判断軸」ではあるけれど「正解」ではないからこそ、主体的に判断し、行動できる。まさにリーダーシップの話なんですね。
紣川:ジェフ・ベゾスは人材について「ほしいのは伝道者だ。傭兵じゃない」と言っていますが、ここで言う伝道者とは「主体的に判断や行動ができるリーダー」と言い換えることができます。
対照的に、傭兵とは「どこかに書いてあるルールや規則に従い、手っ取り早く仕事をする人」と表現できると思っています。
──ベゾスの言う「伝道者と傭兵」の話は私も聞いたことがあるのですが、そう説明されるととてもわかりやすいですね。
紣川:原文では「Missionary(伝道者)」と「Mercenary(傭兵)」の響きが似ているので、対比して表現されています。日本語にするとそうした言葉遊びは伝わらないのですが、重要なのは伝道者と傭兵の行動の違いです。
行動規範を徹底するための「仕組み」をつくる
紣川:行動規範を組織として定めることはとても大切だと思うのですが、それと同じくらい、そうした規範を「徹底」することが大切だと私は考えています。
三浦:『アマゾンの最強の働き方』では、アマゾンでは人を採用する際の基準にも、リーダーシップ・プリンシプルが組みこまれていると書かれていましたね。
応募者がリーダーシップ・プリンシンプルに沿った考え方や行動ができる人がどうかを、さまざまな角度から質問することで判断している。
そのほか、パフォーマンスの評価をするときや自らの行動を検討するときもこのプリンシプルが基準になっているようで、本書の全編に、「この行動は、このリーダーシップ・プルシンプルに沿っていた」とか「沿っていなかった」といった表現が出てきます。
──そこまで規範を徹底するにはどうすればよいのでしょうか?
紣川:規範を徹底するには、「仕組み化」がカギだと思います。三浦さんが挙げられた例のように、最初から自社の規範に沿った人材を採用するという仕組みがあれば、企業全体で規範を徹底するのが容易になる。
素晴らしい理念やビジョンを定めている企業は日本にもたくさんあります。ですが「素晴らしい理念ですね」と社員の方に言っても、それを社員の方がよく知らないことがあります。それはもったいないと感じます。
企業理念は「どこかに書いてある」というだけでは不十分です。重要なのは、理念を発信し伝えること。社員がつねに理念や行動規範を基準にして考える仕組みをつくることで、企業とその事業が理想に近づいていくことができるはずです。
【大好評連載】
第1回 アマゾンの「パワポ禁止」は日本企業でも有効なのか
第2回「全員がリーダー」アマゾンのように社員は行動できるか
第3回 アマゾンのように優秀人材を採用する「仕組み」をどうつくるか
第4回「顧客体験からスタート」アマゾンのように日本企業もこだわれるか
デジタル戦略・マーケティングコンサルタント。株式会社CustomerPerspective代表取締役。武蔵野大学データサイエンス学部客員教授。2007年から11年間アマゾンジャパンに在籍、経営メンバーを務める。バイスプレジデントとしてコンシューマー・マーケティング統括本部長、プライム統括事業本部長を歴任。同時にカスタマー・エクスペリエンス・バーレイザーの日本のリーダーとして、ワーキング・バックワーズの取組みを推進。『アマゾンの最強の働き方──Working Backwards』監訳者解説