アマゾンの経営中枢でCEOジェフ・ベゾスを支えてきた人物が、アマゾンの「経営・仕組み・働き方」について公開した初めての本『アマゾンの最強の働き方──Working Backwards』が刊行された。
同書では、アマゾンで「ジェフの影」と呼ばれるCEO付きの参謀を務めたコリン・ブライアーと、バイスプレジデント、ディレクター等を長年担ったビル・カーが、「アマゾンの働き方を個人や企業が導入する方法」を解き明かしている。
そこで、同書を監訳したCustomerPerspective代表取締役、紣川謙(かせがわ・けん)氏と担当編集の三浦岳氏に話を聞いた。紣川氏は元アマゾンジャパンで、バイスプレジデントとしてコンシューマー・マーケティング統括本部長、プライム統括事業本部長を歴任、同書のカギとなる「ワーキング・バックワーズ」の考え方・取り組みを推進した。今回は同書で書かれている「アマゾンではパワポは使用しない」という考え方を取り上げる。(取材・構成:イイダテツヤ)
なぜ「パワポ」を使わないのか?
──アマゾンでは「パワーポイントの資料が禁止されている」と言われています。『アマゾンの最強の働き方』ではアマゾンのさまざまな仕組みが紹介されていますが、これについて著者はどのように言っていますか? アマゾンの資料作成方法は日本企業にも参考になるのでしょうか。
三浦岳:『アマゾンの最強の働き方』の著者は創業期を支えた2人で、当時のCEOベゾスが「パワポの禁止」を決めたとき、まさに渦中にいました。
とくにコリン・ブライアーはこのときベゾスの参謀を務めていたので、このあたりの経緯はとても生き生きと描かれています。
端的にいうと、パワポによるプレゼンでは、平凡なアイデアが立派に見えてしまったり、聞き手を「わかった気」にさせるだけで、メッセージが記憶に残りにくいといった問題がありました。
そこで、会議で使う資料はパワポより叙述形式の文章でしっかり書き込んだほうがいいだろうということになったんです。叙述形式で書けば、発表者の意図を十分に説明できますし、受け手が誰であれ、メッセージの受け取り方に大きな齟齬が出ません。
また、その「叙述形式の資料」の分量は6ページに収めるという決まりもできました。当初は何十ページもの膨大な資料を出してくるチームもあったようですが、会議の場で一気に読めるようにと、このページ数に収まりました。
6ページくらいの分量だと、いちばん重要なことに的を絞って簡潔に書くことが必要になってきます。その過程で考えも整理できるので、書くほうにも読むほうにもメリットがある仕組みとして紹介されています。
紣川謙(以下、紣川):アマゾンの資料作成方法は日本の企業にも参考になると思います。しかしながら「パワーポイントが悪い」という話ではありません。どうして叙述形式の文書を使うことにしたのか、その本質的な理由を考えることが必要です。
大事なのは、その資料が具体的・明確に書かれていること。そしてデータや事例などの根拠をもとに、論理的に書かれていることです。誰でも、その文書を読んだだけで「こういうことを伝えたいんだな」と書かれている事実や書いた人の思考がはっきりわかることが大切です。
具体的・明確・論理的で人が読んでわかる書類は、日本だけでなく世界のどこに行っても、良い書類ではないでしょうか。
本書に書いてある「叙述形式の6ページの資料」は、そういった資料を作成するための仕組みとして日本の企業にも参考になるはずです。
書き手の思考を「明確化」する仕組み
──「やり方」に注目が集まりがちですが、「目的」の部分をきちんと理解することが大事なんですね。
紣川:はい。資料を作成する目的は何か、パワーポイントを使わず、叙述形式の文書を手段とすることで目的が達成できるのか、各企業が考えればよいのです。パワーポイントはプレゼンテーション用に設計されたツールなので、読んだだけで理解できる資料作りには最適ではありません。
──たしかにそうですね。パワポについては、「情報を詰め込むより、スカスカのほうがいい」なんてアドバイスをする人もます。
紣川:私はコンサルティング・ファームでキャリアをスタートしたのですが、戦略コンサルタントの世界では「ワンスライド、ワンメッセージ」という考え方があります。1枚のスライドのメッセージをシンプルに1つに絞るほうが伝わりやすい。1つのメッセージの論拠や具体例は3つにする、という考え方もあります。
このようなシンプルなパワーポイントの資料をプレゼンテーションが上手な人が説明すると、印象に残りやすい。しかし読んだだけでは「作成した人が何を考えているのか」の詳細まではわかりません。プレゼンテーションや質疑応答で補足しなければ充分に理解できない。
その点、叙述形式だと、その会議に出ていない人が読んでも理解できる。
話し言葉だと、内容に矛盾や論理的でないところがあっても、流れていってしまうことがあります。
しかし、文章には逃げ道がありません。そのため、文章ですべてを説明しようと頭の中を整理し、書いたものにフィードバックをもらい、何度も推敲することで、思考が明確になります。叙述形式で書けば、「思考を明確化して共有する」ことができるわけです。
「しゃべるのが得意」とはどういうことか?
──「しゃべるのは得意だけど、書くのは苦手」という人にとっては、難しそうです。
紣川:「しゃべるのが得意」といっても、話し方は人によってさまざまです。
たとえば「しゃべるのが得意」という人の中には、非常に簡潔でわかりやすく、論理的にポイントを押さえた話し方ができる人がいます。こういう人は「叙述形式の文書」を書くことに何の違和感もないと思います。
一方で、脈絡なくおもしろおかしくしゃべり続けるのが得意という人もいます。日常会話を楽しくしてくれる人です。ですが、ビジネスの場面でもこういう話し方をする人は、叙述形式で書くことに戸惑いを感じるかもしれません。「叙述形式の文書」という仕組みはこういう人にこそ活用してほしい効果的な解決策です。叙述形式の文書を作成する過程で、思考を明確にすることができますから。
会議を「どう進めるか」も重要
──書類を使ってどう会議を進めるかも大事ですよね。本書では「書き手にも聞き手にも同じくらいの責任を課し、参加を求める、オープンな議論」について書かれています。これも参考になりそうですね。
紣川:その通りです。私は現在、さまざまな規模や業種の企業との会議に参加しています。
よく見るのは、10人以上の方が参加している会議で、職務上いちばん上位とされている1~2人の方がほとんど全部話す、という光景です。私はそれを大変もったいないと感じます。いろいろな立場や職位の方が意見を言うことでもっと建設的な議論ができ、より良いアイデアが生まれると考えるからです。
私はそんなとき、「〇〇さんはどうお考えですか?」と聞くようにしています。上長の方が自ら参加を求めれば、会議はよりオープンに、さらに建設的になると私は信じています。
【大好評連載】
第1回 アマゾンの「パワポ禁止」は日本企業でも有効なのか
第2回「全員がリーダー」アマゾンのように社員は行動できるか
第3回 アマゾンのように優秀人材を採用する「仕組み」をどうつくるか
第4回「顧客体験からスタート」アマゾンのように日本企業もこだわれるか
デジタル戦略・マーケティングコンサルタント。株式会社CustomerPerspective代表取締役。武蔵野大学データサイエンス学部客員教授。2007年から11年間アマゾンジャパンに在籍、経営メンバーを務める。バイスプレジデントとしてコンシューマー・マーケティング統括本部長、プライム統括事業本部長を歴任。同時にカスタマー・エクスペリエンス・バーレイザーの日本のリーダーとして、ワーキング・バックワーズの取組みを推進。『アマゾンの最強の働き方──Working Backwards』監訳者解説