対立の火種
本来1つの国に1つの正教会が置かれるのが原則ですが、ウクライナは正教会が分裂状態にあるといえます。先に「勝手に」と書いたのは、どこにもその独立の正当性を認める組織が存在しないからです。
特に3つ目のキエフ総主教庁は、モスクワ総主教庁と対立する形で結成されたものです。さらにウクライナ独立教会とキエフ総主教庁は、正教会の教会法上は非合法であるため、他の正教会からは正式な聖職者とは見なされず、洗礼などの行為は有効とは見なされないとのことです。「勝手に」独立しているからです。
教会の独立は、地域を管轄する教会の承認が必要となりますが、モスクワ総主教庁の管理下に置かれたウクライナ正教会は、何度交渉しても承認しないモスクワ総主教庁を飛び越えて、コンスタンティノープル総主教庁と交渉します。先述の通り、コンスタンティノープル総主教庁はその歴史的な経緯から正教会の代表格とされていますので、第一人者と交渉しようとしたわけです。
ポロシェンコ大統領の大胆な行動
2007年にヴィクトル・ユシチェンコ大統領(当時)が交渉に当たりましたが上手くいかず、2017年にペトロ・ポロシェンコ大統領(当時)が交渉したところ条件付きで独立を承認しました。正教会にはローマ・カトリック教皇のような世界全体を統括するような組織は存在しないため、コンスタンティノープル総主教庁が独立問題に介入するということは異例中の異例でした。
その条件とは、ウクライナに存在する3つの正教会を統一させて一つにすること、これに同意することでした。
しかし、モスクワ総主教庁は自分たちが管轄しているところで、いくら代表格と見なされているからといってコンスタンティノープル総主教庁が介入するのはおかしいと強く抗議しました。抗議には管轄権を簒奪しようという意思があるのではないかという強い疑念があったわけです。
そしてウクライナの教会は、あくまでモスクワ総主教庁の分派に過ぎないとの立場を明確にし、モスクワ総主教庁管轄下のウクライナ正教会もこれに続きました。
結局2018年12月15日、聖ソフィア大聖堂にて統一公会が開かれました。公会の最中、宗教的なシンボルではないはずのウクライナ国旗を掲げた群衆が広場を埋め尽くし、当時のポロシェンコ大統領は「モスクワ総主教庁からの独立に向けて第一歩を踏み出した!」と宣言しました。ちなみに、ポロシェンコはNATO加盟を目標とした人物でもありました。