地理とは「地球上の理(ことわり)」である。この指針で現代世界の疑問を解き明かし、6万部を突破した『経済は地理から学べ!』。著者は、代々木ゼミナールで「東大地理」を教える実力派、宮路秀作氏だ。日本地理学会企画専門委員会の委員として、大学教員を中心に創設された「地理学のアウトリーチ研究グループ」にも参加し、精力的に活動している。2022年から高等学校教育で「地理総合」が必修科目となることが決定し、地理にスポットライトが当たっている。本連載は、ビジネスパーソンが地理を学ぶべき理由に切り込んだものである。
世界は「4つの距離」で動いている
「距離」という言葉を聞けば、「東京から大阪まで」といったように出発地から目的地までの「物理距離」をイメージするでしょう。
実はこの他にも、地理ではさまざまな「距離」を扱います。
経済はヒト、モノ、カネ、サービスの「動き」といっても過言ではありません。その「動き」の理解に、距離の概念が役立つのです。「物理距離」以外には、「時間距離」「経済距離」「感覚距離」という3つの距離があります。
「今日はここまでどれくらいかかった?」
「30分くらいかな」
この「30分くらい」もまた距離であり、これを「時間距離」といいます。これを短縮させるには、移動の高速化が必要です。移動の高速化を目指して、先人たちは高速鉄道や飛行機を開発しました。
移動するのはヒトやモノだけではありません。情報も移動します。近年は通信技術の向上によって、世界中どこにいても連絡することが可能です。情報の時間距離はほとんどゼロになったといえるでしょう。
また、移動にかかる費用のことを「経済距離」といいます。30~40年前と比べると、経済距離が短縮し、気軽に海外旅行を楽しめる時代になりました。
時間をとるか、お金をとるか?
ここで問題です。あなたは用事があって、東京から鹿児島まで行くことになりました。どうやって移動しますか?
東京から鹿児島までの最短距離はおよそ950㎞です。もちろん最短距離をとって移動することは、飛行機以外は難しいですね。では、陸路での移動はどうでしょう。カーナビに情報を入れてみると、およそ1300㎞と出ました。
飛行機を利用すれば、約1000㎞の物理距離を約2時間(時間距離)かけて移動することができます。しかし、4万7290円の経済距離がかかります。
新幹線を利用した場合は、約1460㎞の物理距離を約6時間30分(時間距離)かけて移動することとなり、経済距離は3万1060円で済ますことが可能です。
「時間距離は大きいけれど、経済距離が小さい方法」を選択するか、「時間距離は小さいけれど、経済距離が大きい方法」を選択するか。日常生活においても、多くの場面で頭を悩ます話ですね。
貿易においては、石油、石炭といった単価の安いものは船で運ばれ、集積回路のパネルや半導体といった高いものは飛行機で運ばれます。
この他にも、感覚によって表す距離のことを「感覚距離」といいます。人それぞれ、同じものを見ていても違う感覚を持つことがあります。
例えばアメリカ合衆国は、日本からの物理距離は大きいのですが、感覚距離は小さいといえるでしょう。入手できる情報の質が高く、そして量も多いことから「身近な存在」になっているためです。
逆に、中央アジアのキルギスやタジキスタンなどは、アメリカ合衆国より物理距離は小さいのですが、感覚距離は大きいといえるでしょう。
このように、我々はあらゆる距離の概念を用いて世界を把握しているのです。
宮路秀作(みやじ・しゅうさく)
代々木ゼミナール地理講師、日本地理学会企画専門委員
鹿児島市出身。「共通テスト地理」から「東大地理」まで、代々木ゼミナールのすべての地理講座を担当する実力派。地理を通して、現代世界の「なぜ?」「どうして?」を解き明かす講義は、9割以上の生徒から「地理を学んでよかった!」と大好評。講義の指針は「地理とは、地球上の理(ことわり)である」。生徒アンケートは、代ゼミ講師1年目の2008年度から全国1位を獲得し続けており、また高校教員向け講座「教員研修セミナー」の講師や模試作成を担当。いまや「代ゼミの地理の顔」。2017年に刊行した『経済は地理から学べ!』はベストセラーとなり、これが「地理学の啓発・普及に貢献した」と評価され、2017年度の日本地理学会賞(社会貢献部門)を受賞。大学教員を中心に創設された「地理学のアウトリーチ研究グループ」にも加わり、2021年より日本地理学会企画専門委員会委員となる。「Yahoo! ニュース」での連載やラジオ出演、YouTubeチャンネルの運営など幅広く活動。
「土地と資源の奪い合い」から、経済が見える!
経済を動かしているのは地理である。
世界の経済情報を観察していると、そう思えることが多々あります。
なぜ、土地も資源もない日本が経済大国になれたのか?
なぜ、中国は2015年に一人っ子政策をやめたのか?
なぜ、トランプ大統領はTPPから離脱したのか?
これらの因果関係を解明するヒントは「地理」に隠されています。
地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、交通、人口、宗教、言語、村落・都市にいたるまで、現代世界で目にする「ありとあらゆる分野」を学びます。
「地理」を英訳すると「Geography」です。これはラテン語の「Geo(地域)」と「Graphia(描く)」からなる合成語といわれています。
現代においては、写真を1枚撮るだけで、自然はもちろんのこと、そこで暮らす人々の衣食住、土地利用など、実にさまざまな情報が写し出されます。
しかし、カメラが存在していなかった時代は、これらの情報をすべて描き出していたのです。まさしく「Geo(地域)」を「Graphia(描く)」。これが地理の本質なのです。
地理とは、表面的な事実の羅列ではありません。「地域」に展開するさまざまな情報を集め、分析し、その独自性を解明するものです。地理を学ぶことで、土地と資源の奪い合いで示される人間の行動に、より深い解釈を加えることが可能です。
仕事に効く「教養としての地理」
本書『経済は地理から学べ!』は、「立地」「資源」「貿易」「人口」「文化」という5つの切り口から、今と、そして未来をつかむための視点を提供します。
地理では、さまざまな要素がかかわり合って「物語」が成り立つことを「景観(けいかん)」といいます。現代世界を単なる出来事として頭に残すのではなく、「誰かに話したくなる」ような、背景知識を持っているだけで世界は面白くなります。
本書を通して、世界の「今」を見定め、そして「未来」を先取りしてください。
『経済は地理から学べ!』
6万部突破のベストセラー!
「立地、資源、貿易、人口、文化」を知れば、世界はこんなに面白い!
★トランプのTPP離脱を読むカギは“国境”
★日本経済を秘かに支える“水の力”とは?
★EU経済の急所は“2つの河”にあり
地理とは、地形や気候といった自然環境を
学ぶだけの学問ではありません。
農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
地理という“レンズ”を通せば、ダイナミックな経済の動きを、手に取るように理解できます。
【目次】
序章 経済をつかむ「地理の視点」
第1章 立地:地の利を活かした経済戦略
第2章 資源:資源大国は声が大きい
第3章 貿易:世界中で行われている「駆け引き」とは?
第4章 人口:未来予測の最強ファクター
第5章 文化:衣食住の地域性はなぜ成り立つのか?
特別付録「背景がわかれば、統計は面白い」
地図で読み解く44の視点
地理がわかれば、世界はもっと面白い!