地理とは「地球上の理(ことわり)」である。この指針で現代世界の疑問を解き明かし、6万部を突破した『経済は地理から学べ!』。著者は、代々木ゼミナールで「東大地理」を教える実力派、宮路秀作氏だ。日本地理学会企画専門委員会の委員として、大学教員を中心に創設された「地理学のアウトリーチ研究グループ」にも参加し、精力的に活動している。2022年から高等学校教育で「地理総合」が必修科目となることが決定し、地理にスポットライトが当たっている。本連載は、ビジネスパーソンが地理を学ぶべき理由に切り込んだものである。

仕事に効く「スケール思考」とは? 教養としての地理学

地理学の基本スキルを身につけよう

 冒頭の地図を見てください。地図中に1本の川が流れ、近くにダイヤモンドビルがあります。さて、この河川とビルの距離は近いでしょうか? それとも遠いでしょうか?

 答えは近いともいえますし、遠いともいえます。なぜなら、この地図をどの「スケール」で見るかによって答えが変わるからです。

 もし、20万分の1というスケールであれば、非常に広い範囲を描いているため、河川とビルの距離は遠くなります。しかし、2万5000分の1であれば、20万分の1よりも狭い範囲を描いているため、河川とビルの距離は近くなります。

 重要なのは、「事象をどのような観点から捉えるか」です。

 スケールの違いによってさまざまな答えが成り立ちます。そのため地理学で最も重要なのは「調査目的に応じた最適なスケール」を最初に決めることなのです。

東京の気温が上がった。原因は?

 ある日、東京の気温が38℃まで上がったとします。これは、東京という局地的な場所の問題なので、都市部ほど気温が高くなるヒートアイランド現象が背景にあります。「地球温暖化の影響だ!」と、地球規模で考える人は少ないでしょう。

 議論がかみ合わない人たちを見聞きすることがあります。これは互いに異なる「スケール」を持ち出して議論しているからです。

「スケール」を正しく捉える。これはとても重要なことなのです。

「規模」を変えて、経済を見る

「スケールメリット」という言葉があります。これは「規模の経済」とほぼ同じ意味と考えてよいでしょう。

 製造業という業態で考えてみましょう。日本という国単位のスケール(日本スケール)で、鉄鋼業を例に挙げます。

 鉄鋼業は大都市近郊で発達します。商業施設やマンションを建てるなど、鉄鋼需要は大都市で大きくなります。需要の大きい東京に鉄鋼を供給するには、輸送コストが小さくなる周辺都市に工場を作るとよいですね。現に川崎市や千葉市には、大手鉄鋼メーカー、JFEスチールの東日本製鉄所があります。

 また、日本は鉄鋼を生産するために必要な鉄鉱石や石炭のほとんどを輸入に依存しています。そのため輸入の便がよく、かつ冷却用水の得やすい沿岸部が立地に向いています。つまり製鉄所の立地は、大都市近郊の沿岸部がよいのです。

 一方、製造業を世界というスケール(世界スケール)で考えれば、人件費の安い国に工場を移転させ、生産させる方法が挙げられます。スペインやメキシコ、中国での自動車生産がよく知られた話です。

 さらに、工場を移転した国が、特定の国や地域とFTA(自由貿易協定)を結んでいれば、無関税で輸出できるというメリットも加わってきます。まとめると下図のようになります。

仕事に効く「スケール思考」とは? 教養としての地理学

 このようにスケールが異なれば見えてくるもの、見なければならないものが変化します。「スケール」を正しく捉えることで、経済が見えてくるのです。