日本の学校に通う外国人の児童生徒が増えている。しかし、文部科学省の調べでは、およそ2万人の外国人の子どもたちに不就学の可能性があるという。日本に居住する外国人がどう暮らし、その子どもたちがどのような学びの機会を得られるかは、ダイバーシティ社会の行く末を左右する大きな問題だ。そうしたなか、日系外国人の多い、茨城県常総市に“多文化保育”を実現している施設がある――はじめのいっぽ保育園。外国人と日本人の子どもたちの共生は? コロナ禍による状況の変化は? 運営者である、茨城NPOセンター・コモンズ代表理事の横田能洋さんに話を聞いた。(ダイヤモンド・セレクト「オリイジン」編集部、撮影/オリイジン)

*本稿は、現在発売中のインクルージョン&ダイバーシティ マガジン 「Oriijin(オリイジン)2020」からの転載記事「ダイバーシティが導く、誰もが働きやすく、誰もが活躍できる社会」に連動する、「オリイジン」オリジナル記事です。

「はじめのいっぽ保育園」を開所したきっかけは?

 茨城県常総市には、日系ブラジル人・フィリピン人をはじめとする外国にルーツを持つ人たち*1 が多く住んでいる。常総市が公表するデータ*2 では、およそ、住民の10人に1人が外国人で、市内や県内の食品製造工場への就労などで生活を営んでいる人が多いようだ。

*1 国籍を問わず、両親またはそのどちらか一方が外国出身者である子どもを「外国にルーツを持つ子ども(外国につながる子ども)」といい、子どもを含めた生活者全般のことを、本稿では「外国にルーツを持つ人たち」と称する。
*2 常住人口6万0136人のうち、外国人は5563人(2022年2月末現在)。

 1998年に茨城NPOセンター・コモンズ*3 を設立した横田さんは、そうした常総市や茨城県内に在住する外国人たちと長く関わってきたが、2018年に「はじめのいっぽ保育園」を開所した。そのきっかけは何か?

*3 茨城NPOセンター・コモンズは、「様々な課題当事者が社会的に包摂され、多様性が尊重され、人や組織がつながり共に行動する市民社会」を目指す社会像のビジョンにしている。(茨城NPOセンター・コモンズのホームページより

横田 10年以上前になりますが、私の子どもが通っていた小・中学校にも外国にルーツを持つ子どもが多く、日本語があまりできない子どもたちに対して、地元の大人のひとりとして何かのフォローをしたいと考えたのが起点です。2009年にリーマンショックを受けて、厚生労働省が日系人就労準備研修事業*4 を始めました。私は、ブラジルの子の状況を共有するための会合を企画し、常総市の教育委員会の方や日本語教室、企業関係者に集まっていただきました。そこに労働行政に関わる方もおられて、国の日本語研修のコーディネートを茨城NPOセンター・コモンズが務めることになったのです。2010年からは、茨城県の委託事業で外国人就労・就学のサポート役も担い、日本語教育だけではなく、リーマンショックなどで失職した外国人の再就職支援や、その子どもたちの学習支援を行うようになりました。県内の日本語教育に関して言えば、当時は大人向けの日本語教室は各地にありましたが、つくば市など一部の地区を除き、子ども向けの場所はほとんどない状況でした。

*4 日系人が集住する地域において、安定就労への意欲及びその必要性の高い日系人求職者を対象に、日本語コミュニケーション能力の向上、我が国の労働法令、雇用慣行、労働・社会保険制度等に関する知識の習得に係る講義・実習を内容とした就労準備研修を専門的なノウハウを有する機関へ委託して実施することにより、就労に必要な知識やスキルを習得させ、円滑な求職活動を促進し、もって安定雇用の促進を図るもの。(厚生労働省ホームページより)

 はじめのいっぽ保育園は、関東鉄道常総線・北水海道駅からの徒歩圏内にある。「オリイジン」が訪れたのは、春まだ浅い頃――保育園の眼前には、陽光をうっすら浴びた農地が広がり、街の喧騒とは無縁な空間から子どもたちの声が聴こえてきた。

横田 保育園を設立した理由は、ひとつは2015年の鬼怒川洪水*5 で増えた地域の空き家を生かせること。ふたつめは、外国の子どもの学習面において、「就学前教育」の必要性が高いこと。三つめは、この近辺で生まれ育った日系外国人の方に、バイリンガル・スタッフとしての働き口を提供できるのでは?と考えたことです。現在、はじめのいっぽ保育園の外国人スタッフは3人――子育て支援員*6 の資格などを持って、日本人スタッフとともに活躍いただいています。はじめのいっぽ保育園は、2018年の4月に、0歳から5歳児を対象とした認可外小規模多文化保育施設としてスタートし、2020年に、0歳(6ヵ月)から2歳児対象の部分が小規模保育施設B型の認可保育所になりました。

*5 「平成27年9月関東・東北豪雨」により、鬼怒川で1カ所の堤防決壊、7カ所(市内3カ所)の溢水・越水が生じたほか、堤防の漏水や護岸崩壊により被害が多数発生した、また八間堀川においても、3カ所で堤防決壊、また護岸崩壊により被害が発生。これにより市域の3分の1にあたる約40平方キロメートルが浸水し、鬼怒川東地区で多くの家屋や事業所に浸水などの被害を受けた。(平成27年9月 関東・東北豪雨 常総市災害記録「忘れない 9.10」)より
*6 子育て支援員は、「子ども・子育て支援新制度」に基づいた、保育の仕事や子育て支援に就業する人たちのことで、その資格を得るためには各自治体による研修の修了が必要。国家試験における保育士資格と異なり、専門的な職務は行えないものの、保育士の「最低配置要件」の人数として一部加算することができる特例も適用されている。

 新型コロナウイルス感染症の拡大は、全国の在留外国人の暮らし方・働き方にも大きな影響を及ぼしている。常総市に住む日系外国人たちの“コロナ禍前後の動向”はどうなっているのだろう?

横田 もちろん、コロナによって、市内にやってくる外国人の数は減っています。常総市近辺の外国人は、渡日費などの借金の返済が終われば、給料がより高い工場のある群馬県や静岡県などに移る傾向がありますが、最近は常総市内での持ち家が増えています。それは、コロナの影響というより、2015年の水害で、この辺りの地価が下がったことが要因のひとつでしょう。空き地となった土地に住宅が建設され、ブラジル人の家族といった、子どものいる外国人世帯の居住が目立っています。

 データを取ると、市内の0歳から5歳の外国人の子どもの数は増えていますが、公的保育施設を利用する子どもの数はそれに比例していません。就学前教育を受けていない外国人の子どもが一定数いるのです。

横田能洋 YoshihiroYOKOTA

認定特定非営利活動法人 茨城NPOセンター・コモンズ 代表理事

千葉県出身。茨城大学卒。学生サークルで施設訪問や手話などのボランティア活動に関わり、学外の障がい者団体の活動にも参加。1991年、社団法人茨城県経営者協会に就職。企業の社会貢献の推進業務などを担当するなかで、海外のNPO制度の存在を知り、研究を始める。1996年、有志で茨城NPO研究会を発足させ、NPO法の立法運動や県内市民団体の調査などを実施。1998年3月のNPO法成立を受けて、同年11月に研究会を母体に茨城NPOセンター・コモンズを設立。同年、経営者協会を退職し、コモンズの常務理事・事務局長となった。以来、さまざまな市民団体のNPO法人化の相談に応じたり、研修や調査の企画運営、NPOと企業や行政などとの協働事業のコーディネートを行っている。社会的排除に関する取り組みに重点を置いており、2015年9月の水害で被災された常総市民の支援活動を行う「JUNTOS」のセンター長も務めている。
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