ロシアのプーチン大統領は「対独戦勝記念日」の5月9日、「唯一の正しい決断だった」とウクライナ侵略を正当化した。一方、予想された「勝利宣言」はせず、事態が想定通りに進んでいないことを改めて印象づけた。ウクライナ危機は、核兵器を保有する超大国の「核の恫喝」を織り交ぜた一方的な侵略を止められないという国際安全保障の危うい現実を浮き彫りにする。特集『混迷ウクライナ』#26では、「核の恫喝」が「核の使用」にエスカレートすることはないのか、安全保障の専門家である秋山信将・一橋大学教授に聞いた。秋山教授は「戦局打開で核を使う可能性はある」と懸念する。(聞き手/ダイヤモンド編集部特任編集委員 西井泰之)
侵攻直後から米国念頭にけん制
想定外の苦戦が「核の恫喝」に拍車
――ウクライナへの軍事侵攻を巡り、プーチン大統領は核兵器を脅しとして使ってきました。戦勝記念日を控えた4月27日にも、「ロシアはあらゆる手段を持っている」「われわれは(それを)自慢するのでなく必要があれば使う」と、ウクライナを支援する欧米をけん制しています。
米国や北大西洋条約機構(NATO)の支援を受けたウクライナの強い抵抗で、短期制圧という思惑が崩れ、ロシアにとって想定外の苦戦の中で大量破壊兵器の存在をちらつかせざるを得なくなっているようにみえます。
もっとも、2月24日の侵攻開始前の演習の時から、短距離弾道ミサイル「イスカンデル」や地上発射型の巡航ミサイルなど、核弾頭を搭載できるミサイルが配備されていました。「特別軍事作戦」と称して全面侵攻をした際の宣言でも、「外部からロシアの動きを妨げようとする者」には、「これまで見たことのないような結末に直面するだろう」と、核兵器使用の可能性を示唆したと多くの国が受けとめるような表現を使っています。
さらに侵攻開始4日後の2月28日には、プーチン大統領の指示で戦略核を運用する「核抑止部隊」が特別警戒態勢に入ったとされました。後から聞いた話では、オペレーションの要員の増員と指揮命令系統のネットワークを接続したということだったようですが、こちらは、地域レベルでの戦術核ではなく、戦略核に関するものです。同じ核大国である米国に向けたシグナルで、米国の介入をけん制する狙いがあったといえます。
核の使用の可能性を示唆して優位に立とうとする「核の恫喝」は、侵攻前から始まっていたといえます。ロシアにとって想定外の苦戦が拍車をかけたことは間違いないでしょう。
ただ一連の動きは、大筋ではロシア自身の「軍事ドクトリン」や「核抑止の分野における政策の基本」(2020年6月)という文書に書かれていることをなぞっており、淡々とエスカレートさせている感じがします。